17 暴力団のお勉強
カジタニに示され、
内部を見渡すのは簡単で、人の気配はどこにもなかった。
「……いねえじゃねえか。おいおっさん、あいつらどこに……」
言いながらも、背後からの
「……やるじゃねえか
「おっさん、どこの組だ? 保育園のうさぎ組じゃなさそうだが」
「若えの」はにこりともせずに低レベルの軽口をまじえつつ、相手の気配に全身のアンテナを立てる。こんなガラの悪い男の、定型文の賛辞にニヤけるほど、黒川はひねくれてはいないつもりだった。そしておっさんの方にも、デキの悪すぎる冗談は黙殺された。
「以前、
「刃峰会を抜けた?」
黒川は軽く眉をしかめながら、ブルゾンを脱いで床に放り捨て、Tシャツ姿になった。もこもこした服は動きの邪魔だ。ついでにサングラスも外してポケットにしまった。
「よくもまあ、暴力団を抜けられたもんだな。破門か」
今度はカジタニが声を出さずに笑うだけだった。
住民のほとんどが意識していないのだろうが、この市には暴力団の本拠が存在する。それが刃峰会だ。全国に二十数個ある指定暴力団のひとつを頂点とした、四次団体だ。つまり末端である。昔はかなり幅を利かせ、県内の多くの地域に息がかかっていたが、暴力団対策法の施行など、締めつけが厳しくなった現在、末端組織は苦境に喘いでいる。刃峰会も例外ではない。勢力は組事務所の所在地であるこの市とその周辺のみに減退し、しかも影響力そのものが衰えている。現在では、市内に暴力団事務所があることさえ知らない市民が大多数かもしれない。
暴力団員に給与は出ない。構成員は、各自で稼いで
暴力団は現在、衰退の時代を迎えているといわれているが、原因は複数あって、暴対法、若者が参入せず高齢化が激しい、といった事情のほか、たとえば半グレと呼ばれる若者グループの台頭などもそのひとつだと考えられている。
しかし衰えたとはいえ、指定暴力団に連なる四次団体である。それでなくとも暴力団は
もっとも単純な理屈は、次の戦略のための、組公認の除籍である。たとえば暴力団のフロント企業に鞍替えするなどの、偽装脱退のための「除籍」だ。しかしそれなら、とっととフロント企業に身を隠すなり、次の行動を起こしているはずだ。偽装脱退には目的がある。縄張りの中でこんな事件を起こすことが、偽装脱退の目的とは考えにくい。この線ではなさそうだ。
あるいは単に、暴力団では食えなくなった男が、組織とは直接関係のない、半グレのような若いチンピラと組んだにすぎないのか。今どき、よくある構図らしい。暴力団をやめたと言っても、簡単に
――
四次団体というからには、直系の上位組織にあたる三次団体も存在するのである。刃峰会のすぐ上の組織を捷桐会といった。本部は隣県である。暴力団の構成員それぞれが組織に金を納めるというシステムを組織単位にシフトさせると、下位組織から上位組織への上納金、という流れが容易に思い浮かぶ。下位組織は上納金を払うことで、強く勢いのある上位組織の代紋を借りてシノギができるのだ。これが、末端であろうとも、有力な暴力団の傘下に入ろうとする動機であろう。
上位組織に金を吸い上げられる下位組織は、あらゆる意味で楽ではない。シノギそのものが規制を受けて困難になっている。上の組織から押し売りされたものは買わなくてはならず、これは上納金とは別扱いだ。支払いを滞らせる組織は珍しくなくなり、暴力団の数そのものが激減した。生活保護を受けている構成員も多い。加えて刃峰会の場合、先代の会長の時代あたりから、すぐ上の捷桐会との関係がこじれている、という噂があった。うかつな抗争を起こせばすぐ警察につけ入られてしまうために表立ったことはできないが、ほぼ冷戦状態であり、実態は刃峰会という組織丸ごと破門寸前だとも、警察の一部や事情通には見られているようである。
このおっさんは、刃峰会の上の、捷桐会に取り入ったのかもしれない。それなら、彼が捷桐会への手土産として、刃峰会の縄張りを乗っ取ろうとしても不思議はない。あるいは捷桐会の方が、刃峰会の縄張りを乗っ取るために彼に期待したのかもしれない。いずれにしても、もしこの仮定が当たっていれば、刃峰会は上位組織の捷桐会によって面子を潰された形になるわけで、おもしろくないだろう。逆に捷桐会にすれば、失うもののない話である。刃峰会の縄張りが手に入ればもうけもの、自分たちが上位組織に払わなくてはならない上納金も、今より集めやすくなるはずだ。うまくいかなかったり都合が悪くなれば、このおっさんを
大きく考えすぎかもしれない。しかし、この男が刃峰会を抜けた事情に、捷桐会の横やりが影響している可能性は、否定できないだろう。
――暴力団組織と何も関係ない女子高校生をかっさらうことが、組を抜けてまでわざわざやることとは思えねえ。どのみち、このおっさんと一緒に行動しているお仲間は、ろくなやつらじゃなさそうだな。
黒川は、脳内勉強会を打ち切った。今は
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