第29話【最終話】親子、夫婦、そして家族
「ふたりとも、ほんとうにありがとう」
公爵は、大号泣し続けている。
「おれを父親にしてくれて、夫にしてくれて、ほんとうにありがとう。これまでのことは、心より謝罪する。これからは、おれがふたりを守る。ふたりをしあわせにする。父親として。そして、夫として。いまここで誓う。家族を守り、慈しみ、しあわせにする、と」
黒髪を通じ、彼の涙を感じる。
「公爵閣下、心配はいらないよ。いまの誓いは、わたしが聞いていたからね。わたしがいまの誓いの保証人になるよ」
メリッサも泣いている。泣きながらそう請け負った。
(って、ちょっと待って。わたしも? わたしもいいわけ?)
公爵は、わたしのことが大嫌いなはずなのに。
「初夜のとき、おれはどうすればいいかわからなかった。おれは、それでなくてもレディに免疫がなく、どう接していいのかまったくわからなかったのだ。しかも、きみは父親の命令でイヤイヤおれに嫁いできた。だから、おれを嫌っているとわかっていた。どうしていいのかわからず、絶望していた。きみをまともに見ることさえ出来ず、とにかく無我夢中だった。が、きみが寝台で恥ずかしそうにおれの下手くそな愛撫に耐えているその姿が美しく、なにより尊かった。そんなきみを見た瞬間、おれは心も頭も体もきみの虜になった。すべてを奪われたんだ。ことが終ったあと、よりいっそう絶望に苛まれた。きみは、おれが従軍中に出ていってしまうだろう。それなのに、おれはきみを愛してしまった。そんなおれ自身の気持ちに耐えられず、屋敷を出て行ってしまったのだ。きみへの想いを断ち切る為に。きみを諦める為に。もっとも、それも効果はなかったが。六年近くにおよんだ戦争中、ずっときみのことが頭と心にあったから。カヤ、きみには嫌な思いをさせたり苦労をかけっぱなしだった。償うというにはムシがよすぎる。いまさら、だと言われても仕方がないと思っている。しかし、チャンスが欲しい。かなり遅くなったが、あらためておれの妻になり、おれを支えて欲しい。マイクをいっしょに見守り、慈しませて欲しい」
公爵は、まだ号泣し続けている。
声を振り絞り、思いの丈を綴り続ける彼からは、誠意と熱意が伝わってくる。
(彼もわたしと同じだった。わたしたちは、おたがい嫌われていると思い込んでいたのね)
そうわかると、途端に可笑しくなってきた。
彼の胸の中で笑いだしてしまったのである。
笑いはすぐに伝染する。
マイクも笑い始めた。
機敏に敏い彼のこと。もしかすると、公爵が自分の父親ではないかと気がついていたかもしれない。
いずれにせよ、これからである。
わたしたち三人は、いちから始めるのだから。
公爵とマイクとわたしの三人で家族を始めるのだ。
気がつけば、公爵も笑っていた。
それから、メリッサも大笑いしている。
「公爵閣下、もちろんです。やっと家族を得ることが出来ました。あなたとマイクとわたし。三人家族を」
そう答えるのがやっとだった。
途中で笑い泣きしてしまったから。
略奪レディに奪われたと思っていたけれど、結局はすべてを得ることが出来た。
結果オーライ。その一語に尽きる。
あっ、そうそう。
自称アンディは、将軍職を辞した夫が捕まえた。アンディは、いま監獄にいる。彼には軍にいたときの罪状だけでなく、殺人や詐欺や強奪など大小さまざまな罪状があった。断頭台に立つのも間もなくらしい。
それから、「おふくろ亭」は、移転した。
ブライトンの街の人たちには申し訳なかったけれど、メリッサはサンダーソン公爵領に店を構え直したのである。
わたしは、屋敷に戻っても引き続き「おふくろ亭」を手伝っている。もちろん、公爵家の仕事や家事や夫とマイクの面倒を見る合間に、だけれど。
(了)
見知らぬご令嬢に「あなたの夫を奪ったわ」宣言され、すべてを失った負け妻は間違いなくこの私です~夫に嫌われても、初夜に授かった彼との子は立派に産み育てる所存~ ぽんた @pontaya
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