第7話 王妃の教え(2)

「アレックス」


 ミレイユはアレックスの部屋のドアを叩いた。

 この時間は、家庭教師について、学科を勉強しているはずだ。


 ノックの音に応えて、すぐ部屋のドアが開かれ、家庭教師が深いお辞儀をしてミレイユを迎えた。


「王妃様にはご機嫌麗しく、お喜び申し上げます」

「フランツ、堅苦しい挨拶はいいのよ。アレックス、しっかり勉強していますか?」


 ミレイユが声をかけると、机に向かって一心にペンを走らせていた少年が、嬉しそうに顔を上げた。


 赤みがかったブロンドをきちんととかし、茶色の瞳がいきいきと輝いている。


「お母様!」


 ぱっと立ち上がって、ミレイユの元にやって来ると、母の頬にキスをする。

 ミレイユの表情が、柔らかくほどけた。


「まあ。アレックス。あなたは大きくなっても甘えんぼさんね? さあ、ちゃんと座って。今日はね、あなたにお話があって来たの。フランツ先生、ちょっと休憩していらして? 親子二人だけで話したいの」


 フランツはふたたび深々とお辞儀をした。


「もちろんでございます。王妃殿下。では、アレックス殿下、私はしばらく席を外させていただきますね」


 家庭教師が部屋を出ると、ミレイユはアレックスと一緒に腰を下ろした。


「アレックス、これは大事な話ですよ。アレックス、あなたはこのオルリオン王国で唯一の王子。いずれは王太子となり、お父様の後を継いで、国王になる身です。それはわかっていますね?」


「もちろんです、お母様」


 アレックスは、子どもなりにしゃんと背を伸ばし、両手を膝の上に置いて、王妃である母親を見つめた。


「あなたの婚約者がいずれ王太子妃に、さらには未来の王妃となることも、わかっていますね?」


「はい! 母上、私はオーロラ嬢が私の婚約者となって、とても嬉しく思っております。あの子は、ただ可愛いだけの令嬢とは違うのです。とてもいきいきとして、まだ話す機会はあまりありませんが、私のよい学友となることも確信しています! それに、オーロラ嬢はとても美しい白金の髪をして———」


「アレックス。オーロラの髪は、白金などではありません。あれは『白』です」


 ミレイユは、冷たい声で、息子のおしゃべりをさえぎった。

 その態度に、アレックスはどきりとして口を閉ざしてしまう。


「……未来の国王となるアレックスには、大切なお話をします。王妃となるのは、やさしいことではありません」


 ミレイユはじっとアレックスを見つめた。


「お母様でさえ、大変な努力をして、王妃として人々に認められるまでになったのです」


 アレックスはじっと母の言葉に耳を傾けている。

 ミレイユは内心、ほくそ笑んだ。


「……そして王妃の資質は、周囲が育てなければなりません。よいですか、アレックス」


 ミレイユは言った。


「オーロラに、優しい言葉は、かけてはいけません」

「え!?」


「王子の威厳が、損なわれます」

「母上!?」


「これからは、より多くの令嬢達とお付き合いをするようになさい。令嬢達によくするのは、将来の王たる王子の務めです」


「は、母上!? それはどういうことなのですか? そんなことをしたら、オーロラ嬢が傷ついてしまうのでは……」


「もし正妃に子どもができなければ、側室も考えないといけないのですよ。自分の立場をわからせておく必要があります。アレックス」


 ミレイユは、冷たい視線で、アレックスを射るように見つめた。


「今のうちから理解しているのと、結婚してから知らされるのと、どちらがいいと思いますか?」


「あ……」


「オーロラから話しかけられたり、手紙をもらっても、毎回返事をする必要はありません。時には無視して、自分の立場をわからせなさい」


「でも、母上、それでは、オーロラに対して、不誠実ではありませんか!?」


「オーロラのためです! あの子は家族に甘やかされています。母親がいないからと父親がわがままをすべて許していると聞きました。王子妃教育も真剣にやらない、と先生方が嘆いていらっしゃいましたよ。今、目を覚まさせないとあの子のためになりません」


「オーロラが!? 母上、それは本当なのですか?」


 アレックスは動揺して、うつむく。


「アレックス……信じたくない気持ちはよくわかります。でも、お母様は今日、実際にオーロラの教育を担当している教授達と直接話したのです」


 母にそこまで言われてしまうと、アレックスの心は簡単に揺らいでしまった。


「あの子がそんな子だなんて……思ってもいなかった。他の令嬢達とは違って、裏表のない子だと思っていたのに」

「アレックス」


 ミレイユはそっとアレックスを抱き寄せた。


「あなたはとても賢く、優しい子です。母は、だからこそ、心配しているのです。あなたには、幸せになってほしい。でも、王妃とは」


 ミレイユはわざと声を震わせた。

 まるで苦しい涙をこらえているかのように。


「王妃とは、人々の規範になるべき存在です。今、甘やかしたら、後で困るのは、オーロラ自身なのです。わかりますか?」


「オーロラのため……?」

「そうです」


 ミレイユはじっと息子の顔を見た。


(大丈夫そうね。この子は、賢い子だわ)


 そして、ミレイユは最後の毒を一気に注ぎ込んだ。


「オーロラにいっさい贈り物をしては、いけませんよ? あの子をつけ上がらせてはいけません。母が、折々にあなたの名前で、適切なものを贈りましょう。あなたもわたくしがオーロラにドレスを贈ってあげたのを、知っているでしょう? あれは、素晴らしい品質の、ドレスなのですよ? オーロラは感謝して、王宮に来る時にはいつもわたくしからの贈り物を身につけています。そうして、オーロラは将来の王妃にふさわしい常識と礼儀を学んでいるのですよ」


 ミレイユは優しく微笑んだ。


「わたくしとオーロラの関係は、とてもうまくいっているのです」


 しかし、ミレイユには、心に秘めて、誰にも語らなかった理由があった。


(オーロラを目の前で不幸にするチャンスよ。もちろん、長く、楽しませていただくわ)

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