第7話 終業
終業のチャイムが鳴り終え窓口の客が全ていなくなると、カギモトは速やかに正面入口に鍵をかけてカーテンを閉めていく。
ティーバもナナキもトレックも、自分の机の上を片付け始めた。
係長のゴシュとセヴィンだけはまだ仕事が残っているのか、帰る素振りは見せない。
「あ、フラフニルさんは、今日は大丈夫だよ。片付けて帰っていいから」
席に戻ってきたカギモトが和やかに言った。
「今日は俺窓口当番だったから、ほとんどほったらかしで悪かったね」
「……いえ」
ソナはその一言だけ返事を返し、カギモトの方は見ないようにして、遠慮なく帰る支度をする。
「そうだみんな、今日はソナさんの歓迎会とかやるかい?」
ゴシュが係全員に向けて突然言った。
「僕ももう少ししたら仕事を切り上げられるしと思うし、いつもの“月鍋亭”でどうかな?行ける人は先に行っててもいいよ」
「お、いいっすね」とトレックがすかさず賛同し、ナナキもうんうんと頷いている。
セヴィンは思案するように口を結んでおり、カギモトはどっちでもいいというような顔をしていて、俯いたままのティーバの反応はよく分からなかった。
そんな他の職員を横目に、ソナは「すみません」と声を上げた。
「今日は、早く帰らないと行けないので、申し訳ありません」
「そ、そっか」
きっぱりと断るソナに、ゴシュは戸惑いがちに答える。
「まあ、急だったよね。また今度、ちゃんと日程を調整してやろうか。シンゼルさんもいないしね」
「そうっすね」と少し残念そうにトレックが賛同した。
「また今度」の機会など来るはずもない。
ソナは冷めた気分だった。
しかしそれを今から告げておく必要もない。
ソナは曖昧な相槌をして、上着を羽織った。
「あ、ソナさん、退勤する時のやり方があるんでお伝えしますね。一緒に行きましょうか」
ナナキが思い出したように言う。
ソナは礼を述べ、ナナキと共に他の職員よりも先に執務室を出た。
職員通用口の壁には、職員証をかざす機械が取り付けられていた。
「朝来た時もここにタッチしてくださいね」
「はい」
ソナは採用時に本庁舎で受け取った、真新しい職員証を鞄から取り出した。
ナナキに倣ってかざすと、機械はぴっという音を立てた。これで出退勤の時刻が記録されるという。
ナナキが職員通用口の扉を外へ押し開けると、冷たい風が吹き込んできた。
まだ曇っていて、濃い灰色の雲が夜になりかけた空に立ち込めていた。
「うう、まだまだ寒いですね」
ナナキがマフラーに顔を埋める。
「箒、寒くてきつくないですか?私トラム通勤じゃなきゃ無理です」
折り畳み箒をケースから出しているソナにナナキが言う。
「寒いのはそんなに嫌いではないので」
とソナは適当に答え、マフラーを隙間なく巻き直し、きちんと手袋をはめた。
遺跡管理事務所の門を2人で出たところで「ソナさん」とナナキに呼ばれた。
「今度、ランチとかも行きましょうね。同世代の女性の方がうちの係に来てくれて、私嬉しいんです」
屈託のない笑顔に、ソナの胸はちくりと痛みを覚えた。
仕事場に、友人を作りに来たわけではない。
だからここでもソナはあやふやに頷く。
ナナキは少しの間ソナを見つめてから、「お疲れ様です」と浅く頭を下げ、魔導トラムの駅方面へと歩き出した。
何となく、溜息をついた。
ソナも箒に乗り、周囲に注意しながら慎重に上昇していく。
ナナキの言うとおり、冬の飛行の寒さは確かに厳しい。
だが、目的地までの移動が早く簡単なのは箒である。
ソナは腕時計をちらりと見た。
まだ、余裕はある。
が、早いに越したことはないだろう。
箒に備え付けられたナビゲーターで空路を確認し、ソナはハンドルを握り直す。
急ぎつつも慎重に飛行を始めた。
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