第25話──「資料室に灯る影の火曜」

その日は、季節外れの雷雨だった。

校舎の窓はひどく曇り、世界が少しずつ輪郭を失っていくように見えた。


資料室には、明かりがなかった。

それは“意図された無灯”だった。


「……来たね」

声をかけたのは、中学二年の頃のユリ。

少し背伸びをした髪型と、制服の袖にこっそり刺繍された“火”の刺。


それに応じたのは、当時のリクだった。


机の上には、コピーされた旧校舎の見取り図。

隅に赤いペンで丸がつけられたのは──“地下倉庫”。


ユリが小さな声で言う。


「“火曜だけ開く扉”があるって、知ってた?」


リクは首を傾げる。


「誰がそんな話を?」


ユリは返さない。ただ、資料の束の中から一枚の紙を引き抜いた。


それは──「第十三回模擬自治会議・非公開議事録」と書かれていた。

会議内容は“教職員による生徒心理観察実験”の打ち合わせ。


“心理ストレス反応の可視化手法として、

生徒による自主的な『遺書』記入を誘導する。

必要に応じて、仮想集団を構成し、演出補助を教員が行う。”


リクは、ぞっとする。


「これ……演出って、“火曜会”のこと?」


ユリは頷いた。


「この集会は、生徒主導の“演技”だった。

でも……本当に“演技”してたのは、誰だったんだろうね」


ふたりの間に沈黙が流れる。


ユリは机の下から、鍵を取り出した。

“地下倉庫”と手書きされた札がついている。


「これが、“あの日”に私が盗んだ鍵」


リクが声を潜める。


「それって……おまえが、“火曜会”を始めたきっかけ……?」


「違うよ」


ユリは静かに否定した。


「私はね、“火曜会”を作ったんじゃない。“再開”したの。

ほんとうの創設者は……私たちよりも前。

もっと、ずっと前に“曇天の火”を灯した人たちがいたの」


その言葉に、リクの視界が揺れる。

彼の記憶の底で、十年前のある映像が蘇る。


──薄暗い地下で、誰かが火を灯している。

──「ここが、逃げ場じゃなくなった日なんだよ」と、誰かが言った。


「まさか……」リクは呟く。


「“あの遺書マニュアル”に書かれていた手順、

あれはユリが書いたんじゃない。……誰かが、10年前に」


ユリは目を伏せた。


「その“誰か”は──教師じゃない。

……それどころか、生徒ですら、なかったかもしれない」


雷が落ちた。

一瞬、資料室に光が走り、壁の掲示板の奥に貼られた写真が照らされた。


──廃墟の地下。焚き火。笑う少女。背を向ける少年。


その写真の隅には、かすれた文字があった。


“火は笑った。その日、真実が燃えた。”

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