第3話──遺書の書き方マニュアル

誰もが持っている、

でも誰も見たことのない「遺書の書き方マニュアル」。

その中には、

真実よりも嘘を美しく紡ぐための秘密が隠されていた。


地下集会の翌朝、イサクラは薄暗いカフェの片隅で、そっと手にした「遺書の書き方マニュアル」を開いた。

 それは、まるで古い日記帳のようにページが擦り切れていた。

 しかし、そこに書かれているのは、単なる「遺書の書き方」などではなかった。


 最初のページにはこうあった。


「嘘は、ただの嘘ではない。

それは語り手の魂の残滓であり、

受け手の心に灯る炎である。

だから遺書は、嘘と真実の狭間で踊らねばならない」


 ページをめくるごとに、幾つもの美しい詩文が並んでいる。

 しかし、その中に不自然な文字の並び、段落の形、行間の空白が存在した。


 イサクラはふと気づく。

 これらは単なる装飾ではなく、暗号の可能性があることに。


 さらに驚いたのは、マニュアルの中に書かれた「嘘の遺書」の例文の一つに、息子の名前と同じ漢字がわずかに変えられて紛れていたことだった。


 このマニュアルは、ただ遺書を書くためのものではない。

 地下集会の主催者が残した、次なる謎への手がかりであり、秘密を解く鍵だった。


ページを閉じると、カフェの外はまだ曇天だった。

 それでも、イサクラの胸の中に小さな火種が灯った気がした。

 火は、確かに笑っていた。

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