第2話──廊下に落ちた鍵

廊下の隅に落ちていたのは、

もう何年も誰も使っていないはずの、錆びた鍵だった。

それは誰のものでもないようで、

しかし確かに、何かを開けるためのものだった。


その男、イサクラが地下から戻ると、手にひとつの小さな紙片を握っていた。

 それは集会で渡された「遺書の書き方マニュアル」の切れ端だった。

 古ぼけて、紙の縁がまるで波打つように傷んでいる。

 そして、そこに手書きの文字が、うっすらと見えた。


 「影を追え、火曜の夜に。」


 言葉は短く、謎めいていた。


 イサクラは10年前のあの日を思い出す。

 小学校の廊下。

 息子の死の真相を追う自分。

 だが、彼の罪を覆い隠す何かが、その鍵で開かれていることはまだ知らなかった。


 彼が教壇に立っていた頃、教室の片隅にはいつも古い鍵が落ちていた。

 誰も触れず、誰も話題にしなかった。

 ただ、子どもたちの間で囁かれていたのは、

 「先生が隠した秘密の扉がある」ということだけだった。


 地下集会の遺書マニュアルには、その扉を示す暗号が隠されている──そんな気がしてならなかった。


イサクラは鍵を手に、暗く湿った地下道を再び見上げた。

 そこに、次の“火曜会”の灯が揺れている。

 火はまだ、笑っていた。

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