第4話 復讐の終焉
東京湾沿いの小さなカフェ。
海風が柔らかく吹き抜けるテラス席で、二人の女が向かい合っていた。
一人は、美咲。
トレンチコートにサングラス。華やかだが控えめな佇まい。
もう一人は──深月。
その瞳は穏やかでありながら、鋼のように揺るがない。
「すべて、終わったわ」
美咲の声は、どこか空虚だった。
彼女はグラスの水をひとくち飲み、口角をわずかに上げる。
「彼、完全に壊れてた。……でも、何だろうね。勝ったのに、心が重いの」
深月は答えなかった。
ただ、美咲を見つめる。その視線は、かつての復讐の炎とは違っていた。
「彼にされたことは、絶対に許せなかった。でも……私は、あの男を“憎むこと”で、ここまで生きてきた気がするの」
風がカップの縁を揺らす。
その音が、どこか物悲しく響いた。
「あなたは、これからどうするの?」
深月の問いに、美咲は小さく肩をすくめた。
「消えるわ。遠くで静かに生きる。たぶん、誰かに愛される資格なんて、私にはないから」
そう言った瞬間、美咲の目にわずかな“ひび”が入った。
それに気づいた深月は、ほんの少しだけ、声のトーンを和らげた。
「そんなこと、ないわ」
──一瞬、沈黙。
そして、美咲が微笑んだ。
「そう言ってくれるの、あなただけよ。……皮肉ね。私たち、最初から共犯者だったのに」
その日の別れ際。
深月は、美咲の背中を見送っていた。
去り際、彼女は振り返らなかった。
その姿が、まるで霧の中に溶けていく幻のように見えた。
数日後──
社内はざわついていた。
杉山の“突然の退職”と、噂される金銭問題。
だが、正式な発表はなかった。
深月は、以前と同じようにデスクに向かっていた。
誰もが彼女の復帰を歓迎し、仕事も順調に回っている。
──ただひとつ、変わったものがある。
それは、彼女の“眼差し”。
かつての鋭さと張り詰めた気迫が、今では穏やかさに変わっていた。
彼女は、ようやく自分自身の人生に、少しだけ“空白”を与えることができたのかもしれない。
ある夜。
深月はオフィスの窓から、東京の夜景を見つめていた。
遠くの灯りが、ゆらゆらと揺れている。
その光を眺めながら、彼女は小さく息を吐いた。
「復讐が終わったら、何が残るんだろう──そう思っていたけど」
「……案外、悪くないわね。この静けさも」
そのつぶやきは、誰にも届かない。
だが、たしかにそこに希望の色を含んでいた。
復讐は終わった。
深月の心には、静かに“新しい朝”が差し始めていた。
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