第3話 破滅の証明
杉山が“投資”に注ぎ込んだ金は、すでに数百万円に達していた。
貯金は底をつき、ローンの残高は膨らみ、カードは限度額まで使い込まれている。
だが、杉山は気づいていなかった。
──彼の中に、もう「損得」の感覚は存在していない。
あるのはただ一つ。
「彼女にとって、自分が“唯一無二”の存在であること」
その幻想だけが、彼の命綱だった。
「杉山さん……ごめんなさい。どうしても、どうしても必要なの」
美咲がそう言ったのは、二人きりのラグジュアリーマンションのリビングだった。
キャンドルライトの下、透けるようなガウンの裾から伸びた足が、彼の思考を止める。
「わかったよ。……俺が、なんとかする」
どこかで崩れていると気づきながらも、止まれなかった。
いや、止まりたくなかった。
もしこの関係が“虚構”だったと知ったとき、自分という人間がすべて壊れてしまうから──
その夜、杉山はついに“禁断の一線”を越える。
闇金──その言葉にすら忌避感を抱かなくなっていた。
電話越しに聞こえる冷淡な声、翌日に届く封筒、異様に高額な手数料。
全てが彼の人生を削っていたが、
彼にとっての現実とは、美咲の笑顔だけだった。
一方その頃、深月のパソコンには、美咲からの音声レポートが届いていた。
「彼の精神、限界に近づいています。最近は“深月さんの名前”を無意識に避けるようになりました」
深月は小さく頷く。
「そろそろ──仕上げね」
画面には、社内の匿名投書フォーム。
そこへ、杉山に関する“内部告発”のメールを送信する。
「社員・杉山の資金運用に不正の疑いあり。情報源は明かせませんが、監査を行えば明白です。」
これが、破滅の導火線だった。
翌週、杉山のもとに、社内監査部から呼び出しが届く。
「お忙しい中恐縮ですが、いくつか確認させていただきたい件がありまして」
淡々とした口調。だが、その奥にあるのは明らかな“疑念”の色。
──冷や汗。
──胸の鼓動。
──指先の震え。
「あの……何か、問題でも……?」
その問いに、監査部の担当者は書類の束をそっと差し出した。
「この一連の出費、どういった名目で?」
──そこには、美咲に渡していた金の証拠がずらりと並んでいた。
杉山は、完全に凍りついた。
その夜、美咲に電話をかけた。
何度も。
何十回も。
だが、コール音は空しく響き続け、やがて圏外になった。
──翌朝。彼女のマンションには、何もなかった。
家具も、衣類も、香水の残り香すらも。
ポストには「契約終了・退去済」の札。
部屋番号の表札は、すでに取り外されていた。
その瞬間、杉山は全てを悟った。
──これは、罠だったのだ。
甘く、淫らで、完璧な罠だった。
数日後。
杉山は懲戒処分ののち、自主退職という形で会社を去った。
彼が残したものは、借金と疑惑と、燃え尽きた虚像だけ。
深月のもとには、一通の退職通知の写しが届いた。
それを見つめ、彼女はひとこと、呟いた。
「さようなら、杉山。……これが、あなたが選んだ結末よ」
彼女の声には、もう怒りも憎しみもなかった。
残っていたのは、ただ──
空虚。
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