決勝戦 1

 八月十一日。


 ついに来た県大会の決勝には、呆気なく迎えることになった。彼女を失ったからって、部活に手を抜くこともなく、彼女を恨むこともなく、穏やかにこの日を迎えていた。

 対戦トーナメントの関係で、去年と違う四時半キックオフ。相手は、上日市高校。去年、準々決勝で破った相手だった。


 快晴の空が開いている。暑さのピークを過ぎた時間帯であるからか、去年よりも気持ち涼しい。

 日光を塞ぐ大きなスタジアムが、四方に僕たちを囲んでいた。

 もともと地元のプロチームが使っていたスタジアムで、大量の収容スペースが空のまま、僕たちを見てる。

 そして、彼女も僕を見ているのだろうか。


 試合開始前の早めの時間に飛んでいるドローンが見える。どこから飛んで来たのだろうと、目線でドローンを辿ると、大きなカメラを持った人たちが見えた。


 手を振ってみる。もちろん、何も反応はない。


「よし。じゃあ、アップから」


 監督がそう言うと、僕たちはハーフコートを使い、速やかにシュートやパス練を始める。ドローンが飛び始め、実況のマイクテストが響き渡った。


 雨宮とパスを回す。雨宮は、何とも言えない野心にまみれてもいない表情をしていた。

 負ける気がしない。という顔だろうか。

 それとも、彼女の事を思っているのだろうか。


 雨宮は、まだ広島に帰ってきた彼女の事を知らない。未だに東京にいるのだと思っている。

 雨宮さんから伝えられていないのが意外だったが、雨宮は、そのことを表情に出さない。態度にも出さない。

 だから、せめて勝ちをもぎ取ろう。


 そんな様に見えたのは、気のせいだろうか。


 強いパスを受ける。ダイレクトで流し、シュートを決める。

 練習してきたことが、確かに技術に現れていた。集大成というものだろう。


 この日のために、色んな人に助けられた。特に、彼女がいたからだ。

 この勝ちで、せめて示さなければならない。

 胸に、大きく澄んだ空気を取り込み、僕たちはアップを終え、キックオフの時間丁度にポジションに立つ。


 ピ―ッ!


 特に、何も会話は起きず、試合開始の笛が鳴った。上日市のトップFWがボールに触れ、ボランチへパスを出す。

 同時に、FWがこちらへ駆け上がってきた。

 相手は、ツートップのFW。僕たちと同じ編成だった。


 雨宮が、ボールを持っているボランチの前に出た。予感していたのか、ボランチは抜こうとせず、左ウイングへとボールを瞬時に出した。

 動きと共に、相手の前線が上がってくる。左ウイングがゴール前にパスを上げるつもりなのだろう。

 駆けあがっていく相手の前線。しかし、僕は追いかけなかった。

 

 そのかわり、雨宮が僕と交代するように、僕はハーフライン側に上がり、雨宮は下がる。

 雨宮にディフェンスを託し、一の時の様に、カウンターを信じたプレーである。

 馴れた芝生の上を、後ろを向かずに走り込む。そして、ハーフラインぎりぎりに立って、僕は雨宮を見た。


 丁度その時、相手の左ウイングからボールが高くゴール前へ上がる。


 一と雨宮が衝突した時は、こんな感じの光景だったのかもしれない。

 少し、あの時がフラッシュバックした。

 相手のFWと、雨宮が大きく空に舞う。雨宮の下にはディフェンスがこぼれ球をはじこうとしていた。

 綺麗なフォームだ。一にも負けないくらいの、いいヘディング。

 そして、大きく相手側にこぼれた。

 上祇園高校のボランチへ渡るのを、僕は確認する。


「へい!」と、大きな声を出した。

 その言葉を発すると同時に、去年のこの大会を思い出してしまう。

 自分が空気の様に扱われた、あの時を。


 自陣の、右ウイングを見る。

 既に走り出して、マークを完全には降り切れていないものの、ハーフラインからすでに飛び出していた。

 ボランチは、僕から右ウイングへ視線を移した。

 歯を食いしばる。いいんだ。準決勝も、準々決勝もこんなことがあった。


 そのたびに、あの右ウイングは前線へ運んでくれたじゃないか。

 廣宮とも違う。あいつは、脚力もある。

 だから……。


 僕が、相手のゴール前へ走り出そうとした、その時だった。


 雨宮が、さっきまでヘディングで空を待っていた雨宮が、全速力で前線へ駆けてくるのが見えたんだ。

 身体が、勝手に動き出す。


 右ウイングへ出されたであろうボールが、僕を追い越し、右上を走る味方へとつながる。しかし、トラップの段階でマークに追いつかれた右ウイングが、一度失速。


 僕の並行線上にいる右ウイングを見る。その時見えた。圧倒的な速度で、僕と右ウイングの間へ駆けてくる、一人のFW。

 マークを置き去りに、後ろへ大声でパスを要求している姿を。


 右ウイングは、余りにも迫力のある声に溜まらずパスを出す。

 雨宮だ。

 ついてくるディフェンスの足を大きく交わし、そのまま、雨宮の足からボールが放たれた。


「かける! はしれぇ!」


 その声を聴いた瞬間、僕はもう既に走り出していた。

 オフサイドの取られないギリギリから、後は着いてくるマークとの走り込み勝負。


 遠いのに、勢いを緩めない速いパスが、僕の前に飛んでくる。

 もうハーフラインより、ゴールの方が近い。


 目の前から、慌てた様に走ってくる相手GKが見えた。後ろ左斜めに、一人ディフェンスが荒く鼻息を立てて追ってくるのも感じた。

 そうして、GKが雨宮のボールを蹴り出そうとした瞬間。僕の足が、触れられるよりも先に、別のところへボールを蹴り出した。


 その先は、誰もいない。けれども、僕は抜けられる。

 GKの蹴り出した足を飛んだ。しかし、途中GKの激しいフィジカルを喰らい、体制を崩してしまう。その瞬間、ボールを拾おうとする相手ディフェンスが見えた。


「くっそ……あとちょっとなのに」


 諦めかけた、その時だった。

 雨宮が、僕の目の前で、そのボールを奪い取ったのだ。

 

 しかし、それも長くは続かない。ゴール側へ急いで戻っていくGKと交代するように、戻ってきたディフェンスが雨宮を囲んだ。


 フィジカルを当て逃げした相手GKは、雨宮の方を向きながら、後ろ走りでゴールへ戻っていく。

 僕の隣には、ディフェンスが、力強いフィジカルで動きを止めていた。

 僕はそれでも前に出る。諦めなかった。相手の下がって来た前線の焦る声と怒号が鳴り響く中、僕は大きな声を出した。


「雨宮ぁ!」


 その声と呼応して、雨宮がパスを出すはずだと信じて、僕はフィジカルを力づくで抜け出す。

 その時、マークの間を通ってきたキラーパスが、僕の足元に舞い込んだ。


「かけるぅ! 合わせろぉ!」


 斜め右からのキラーパスに、僕は足を合わせる。角度的に、トラップをしなければならないと思い込んでいるからか、GKはまだ飛び込まず、背中を見せている。


 でも、この技は僕の得意技だ。そして、毎朝雨宮と練習してきた業だ。

 僕は、右足で一度、軽く撫でるように雨宮のキラーパスの勢いを弱めた。しかし、トラップではない。まだ、ボールは浮いている。まだボールの勢いは止まない。

 撫でるように出した右足が、瞬時下がる。一度浮かび上がり、落ちてくるボールに合わせて。


 そのまま、僕は右足を大きく、強く蹴り出した。



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