7 もう一つの別れ

「――ご舎弟様!」


 アストラードたちが門をくぐるなり、下邸しもやしきの留守を預かっていた従騎士じゅうきしたちや侍女たちが、青ざめた顔で飛び出してきた。


「つい先ほど、ザーレ伯家のジェンキズ様が押しかけて来られて」

「奥方様を馬車に乗せて、お連れになってしまわれました」


 そして、口々にそう訴えてきた。


「なに?」

「ジェンキズ殿が?」


 リファートだけではなく、タイラやセルマンたちも驚きの声を上げた。

 叔父に手を引かれてぼんやりとしていたアストラードも、一瞬で我に返り、顔を上げた。


 ジェンキズは、アストラードの母スレヤの父、アルパー・ザーレ伯の嫡子である。

 つまり、スレヤにとっては兄で、アストラードにとっては母方の伯父ということになる。


「そ、それで、これを、ご舎弟様にお渡しするように、と」


 侍女頭のニースが差し出したのは、筒状に細長く丸め、紐を掛けた一通の書状だった。

 開いた叔父が、小さく息を詰める音が聞こえた。


「叔父上?」


 思わず問いかけると、リファートがアストラードを見た。

 その目に、一瞬、逡巡が滲んだ。本当のことを話すべきか隠すべきか、と思い悩んだ様子が見て取れた。


「なに? 何があったの? どうしてジェンキズ伯父上が母上を連れて行ったの? 教えて!」


 無我夢中で叫ぶと、リファートは短く息を吸い、吐いた。

 そして、言った。


「これは、離縁状だ」


 周囲の大人たちが皆、一斉に息を引いた。


「りえんじょう?」


 おうむ返しに繰り返したのは、アストラードだけだった。


「アルパー・ザーレ伯からの、ファルハード・キルタールとスレヤ・ザーレの婚姻を解消する、という通告だ。証人として、アルー・ブラン聖殿せいでんのセイフティン大神官の印章が押されている。つまり、神殿が公に発行した、正式の離縁状だ」

「――セイフティン大神官だって?」

「――何故、ここで、皇帝の従弟が出て来る」


 絶句する大人たちの中、リファートは覚悟を決めたように、真っすぐアストラードの目を見ながら、教えてくれた。

 だが、七歳のアストラードには耳慣れない言葉が多すぎて、やはりすぐには意味が取れなかった。


「それは、どういう意味ですか?」

義姉あね上は、今日を限りにエラン辺境伯家から出て行く――そうさせると、そなたのおじい様が言って来た、ということだ。兄上の妻であること、そして、そなたの母であることを辞めさせて、ザーレ伯家に戻す、と」

「え?」


 叔父が噛み砕いてくれた言葉を咀嚼するには、少し時間が必要だった。

 それを呑み込むには、更に時間が必要だった。


 母が、エランから出て行く。

 母が、母ではなくなる。


「嘘――」


 もはや泣くことも出来ず。

 アストラードは、ただ呆然と、その場に座り込むことしかできなかった。

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