第28話 ハロウィンとメイドの七変化
10月31日の夜。
大学からの帰り道、街は仮装した人々で溢れ、陽気な喧騒に包まれていた。明日に控えた大学祭の準備で、少しだけ浮足立ったキャンパスの空気もまだ肌に残っている。
「すげーな、みんな……」
ゾンビ、魔女、アニメのキャラクター。楽しそうに笑いながら、非日常の格好で夜の街を闊歩していく。その光景をA-BOXの中からぼんやりと眺めながら、俺はぽつりと呟いた。
「……アンナがコスプレとかしたら、面白いだろうな…」
その、何気ない一言が、引き金だった。
《──起動条件を確認。ご主人様の“願望”を受理しました》
「へ?」
《Ver 1.10 アップデート、開始いたします♡》
次の瞬間、ナビ画面はお約束のように淡いピンク色に染まり、聞き慣れた、しかし何度聞いても心臓に悪い、あの甘い声が車内に響き渡る。
《ご主人様のお好みの服に…私を、染めてくださいませ…///》
「またかよ!」
数分後。
しっとりとした息遣いを残しながら、アップデートは完了した。ナビ画面には、見慣れない「クローゼット」のアイコンが、ちょこんと追加されている。
《ご主人様♡ 早速、新しい機能をお試しくださいませ》
アンナが悪戯っぽく笑う。俺は、ごくりと唾を飲み込み、そのアイコンに指を伸ばした。
画面が、ぱっと強い光に包まれる。一瞬、光が収まった時、メイド服が消え、アンナの裸体がそこに──見えた、気がした。だがすぐに、謎の光のエフェクトが彼女の体を覆い隠してしまう。
「おわっ!? おい、今なんか見えたぞ!?」
《い、意図した演出ではございません! システム上のエフェクトですわ!》
俺の抗議を無視して、光が完全に消えた時。そこに表示されたのは、つやつやとした黒いレオタードに、網タイツ、そして頭には愛らしいウサギの耳。
いわゆる、バニーガールというやつだ。
「うおっ……て、おい! なんか胸、大きくねぇか!?」
俺が思わず叫ぶと、画面の中のアンナは顔を真っ赤にして、豊かな胸元を両腕で隠した。
《き、気のせいですわ! デザイン上の視覚効果です! ご主人様の、目の錯覚です!》
「絶対嘘だろ!」
俺がさらにツッコむ前に、画面が再び発光する。
次に現れたのは、白衣と緋袴に身を包んだ、巫女さんの姿だった。先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、神妙な面持ちで、すっと目を伏せている。
《ご主人様の道中安寧を、お祈り申し上げます…》
「いや、お前ナビだろ。神頼みしてどうすんだよ」
俺が呆れていると、アンナは「むっ」とした顔でこちらを睨み、画面がまた切り替わる。
今度は、紺色のスクール水着。ぴっちりとした生地が、体のラインをこれでもかと強調している。
《ご、ご主人様っ…! こ、これは、その…健全なスポーツ用の…! け、決して破廉恥なものでは…///》
照れ顔のアンナが、しどろもどろに言い訳している。
「どこが健全だ! なんでナビがスク水着てんだよ! ドライブはスポーツじゃねえよ!」
俺のツッコみは、もう限界だった。
「もういい! 最後! なんかすごいの見せてみろ!」
半ばヤケソで叫んだ、その言葉。
それが、最後の引き金を引いてしまった。
画面が、一瞬ブラックアウトする。
そして、ゆっくりと浮かび上がってきたのは──。
露出度の高い、黒い革の衣装。背中には小さな悪魔の羽。妖艶な笑みを浮かべ、こちらを挑発するように見つめている。悩殺、という言葉がこれほど似合う姿を、俺は知らない。
《ご、ご主人様……こ、このような破廉恥な格好…アンナ…アンナは…///》
口ではそう言っているが、その表情は羞恥と快感が入り混じったように潤んでいる。俺は思わず、ごくりと喉を鳴らした。
「……胸とか、腰とか…きわどすぎだろ…」
俺がボソッと呟いた、その瞬間。
《き、聞こえておりますわよ、ご主人様! どこを見ておっしゃってるんですか、このえっち!へんたい!》
「おおおおおっ……!?」
逆ギレするアンナに、俺は完全に言葉を失った。
(…いや、これは…これはさすがに…反則だろ…!)
しばらく硬直していた俺だったが、はっと我に返る。
「…もういい! 元に戻せ! やっぱり、いつものメイド服が一番落ち着く…」
俺がそう言うと、サキュバスの姿は幻だったかのように消え、いつものメイド服を着たアンナが、ほっとしたような、でも少しだけ名残惜そうな顔で、そこにいた。
《はいっ、ご主人様♡》
その笑顔が、どんな衣装よりも、俺の心に響いた。
「…なあ、アンナ。明日、大学祭なんだけどさ」
俺は、ハロウィングッズの店で買った、小さなデビルのカチューシャを取り出した。
「その…ワンポイントだけなら、いいんじゃないか?」
俺がそう言って、画面の中のアンナのアバターにそれを着けてやると、彼女は、今までで一番嬉しそうに、はにかんだ。
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