第9話 ナビ違和感

観光を終えた彼は、ゆっくりと駐車場に戻ってきた。日差しが傾きかけ、軽自動車「A-BOX」の車体が淡く赤みを帯びて見える。


「ふぅ、けっこう歩いたな」


リモートキーでドアロックを解除し、運転席に乗り込む。エンジンをかけると、ナビの画面が立ち上がった。だが、いつもならすぐに現れるアンナの姿がなく、ただの地図画面が表示されているだけだった。


「……アンナ?」


静寂。


「あれ……アンナ?」


数度、名前を呼ぶ。

返事がない。


一瞬、不安がよぎる。まさか、故障? あるいは熱でやられたのか?


「おーい、アンナってば……」


周囲に人影があることに気づき、少し恥ずかしさを覚える。だが気にしている場合ではない。


そのときだった。

ナビの画面が淡い光のエフェクトが地図上に走り、花びらのような粒子が舞い上がる。画面がちらつきながら、ゆっくりとアンナの姿が映し出される。


《……っはっ!? ご、ご主人様っ!? 申し訳ありません、少々……処理に集中しておりまして……》


画面にアンナが現れる。いつものメイド服姿。だが、どこか取り繕うような笑み。


《お、お帰りなさいませっ❤ 本日のご観光、お楽しみいただけましたかっ?》


「お、おう。なんだよ、反応なかったから焦ったぞ」


《し、失礼いたしました……次回以降は、待機中も応答できるよう改善しておきます……!》


「うん?改善ってお前……自分で成長してるってことか?」


彼はアンナの言葉にふと違和感を覚える。まるで人格が芽生えているような錯覚に、ほんの少し戸惑いを感じていた。


その言葉に、アンナは気恥ずかしそうに頬を赤らめ、ちらりと視線を逸らしたまま沈黙した。


慌てて頭を下げるアンナの姿に、彼は呆れ半分、安心半分といった表情を浮かべた。


《……さて、ご主人様。次は、どちらへ向かわれますか?》


照れの残る声色のまま、アンナはいつもの案内モードへと切り替わろうとする。


「うーん……そろそろ帰るか」


そう呟いた彼に、アンナはわずかに間を置いて、静かに答えた。


《はい。お疲れ様でございました。では、帰宅ルートをご案内いたします……》


だがその声には、ほんの少しだけ名残惜しさを含んでいるようにも聞こえた。

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