番ではなくなった私たち

拝詩ルルー

第1話 番だった私たち

「魔王を倒して、必ず君の元へ戻って来る。そしたら結婚しよう」


 ラルフが勇者パーティーの剣士としてこの街を旅立つ時、私の両手をぎゅっと握りしめて誓ってくれた。

 彼の真剣に私を見つめる青い瞳も、ブンブンと感極まって激しく振っていたふかふかの尻尾も、まるで昨日のことのように覚えている。


 私は、彼の帰る場所として絶対に彼のことを待とう、彼が魔王を倒して戻って来た暁には、あたたかく「おかえり」と言って笑顔で迎えてあげようと、心に誓った。


 ラルフは、私の姿が見えなくなるまで何度も何度も振り返って、この街を旅立って行った。



──それから、二年の月日が経った。


「本っっっ当に、申し訳ございません!!!」


 勇者パーティーの聖女様が、私の家の客間で土下座している。


 彼女を両側から挟むように、魔王を倒した勇者様と賢者様も同様に、額を地面に擦り付けて非常に居た堪れない感じで土下座している。


 一人、「他のみんなも土下座してるから、俺も頭下げとこう!」という何も分かって無さそうな無垢な空気感をまとって、以前私にプロポーズしてきた男も大きな体を丸めて土下座していた。


 平民である私たち家族を前にして、魔王を倒して世界を救ってくださった英雄御一行様方が揃って土下座──片田舎の街の小さな薬屋の客間は、カオスな雰囲気に包まれていた。



***



 私はアン。薬屋の一人娘だ。

 私は平凡なブラウンの髪とブラウンの瞳をしていて、顔立ちもやや地味めだ。


 この国は、人口の半分が人間で、もう半分を獣人が占めている。

 人間と獣人の間には特に偏見やわだかまりみたいなものは無くて、仲良く平和に暮らしている。


 獣人は、人間とは違って体が丈夫で力が強い。種族によっては、耳や鼻が人間の何倍も優れていたり、夜目が利いたり、びっくりするぐらい身体能力が高かったりする。


 そして獣人には、人間には無い特別な性質がある──それが「番」だ。


 番は、獣人にとって運命のお相手らしい。

 番を見つけたら、他の異性は全く視界に入らなくなっちゃうみたい。

 死が二人を別つまで、人生を添い遂げるパートナーが番だ。


 番のほとんどが同種族の獣人なんだけど、時々他種族や人間が番になることがある。


 種族が違っても獣人同士なら、お互いに番だって分かるみたいだけど、人間だとそうもいかない。

 人間には、相手が自分の番なのかどうかなんてのは、全くピンとこないのだ。


 私も幼馴染のラルフが熱心に私にアタックしてくるまでは、番の話なんて人間の私には全く関係のないことだと思ってた。


 ラルフは同い年のハスキー犬の獣人だ。

 爽やかで清潔感があって、ちょっぴりハンサムな人だ。大型犬の獣人らしく背が高くて、体格がいい。でも、真っ黒な三角の立ち耳や、ふかふかの尻尾は堪らないぐらい可愛い!


 ラルフは、ハスキー犬の獣人らしくおバカ──いや、ちょっと抜けてるところがあるけど、底抜けに明るくて前向きで人懐っこくて、私はそんな彼のことを、かっこいいけど何だか可愛い人だと思ってた。


 私は薬屋の一人娘だから、両親のお店を継ぐために、お店の手伝いをよくしてる──いわゆる「看板娘」だ。


 地味めな顔立ちの私でも、ニコニコ笑って明るく接客していれば、お得意さんたちからは「今日も可愛いね」なんてお世辞でも挨拶してもらえるから、「看板娘」としてはとりあえず及第点だと思ってる。


 ただ、ラルフは、私が店番するどころか、私が家族以外の他の男の人と会話するのも嫌だったみたい。

 ラルフは番に対する獣人特有の嫉妬深さを発揮して、特に若い男性のお客さんに突っかかっていっては、怒らせてしまうことが度々あった。


 この国は人口の半分が獣人だから、「番だから仕方ないね」なんて苦笑いで理解してくださるお客さんもいる。まぁ、全員が全員そういうわけじゃないけどね。


 そんな困ったところもある彼だけど、ラルフはいつも私に「可愛い」「大好き」「愛してる」「アンのこと以外考えらんない」と言ってくれて、私のことを大切にしてくれた。


 私も明るくて素敵な彼のことが大好きだし、このままラルフと結婚するのかなぁ〜、そしたら私は店の奥で薬の準備をして、ラルフに店番やってもらうのかなぁ〜、って呑気に考えてた。


 そしたら、何百年も前に封印されたはずの魔王が復活したっていう噂が流れてきた。


 街の周りに現れる魔物がどんどん強くなっていって、怪我をする人が増えて、薬の需要が一気に増えた。


 街の男の人たちは自警団を組んで、街の周りを見回りしたり、魔物の討伐に度々出るようになった。


 そんな中、勇者パーティーが私たちの街に立ち寄った。

 彼らはラルフの頑丈さと剣の腕前に惚れて、「是非に!」と魔王討伐の旅に彼を熱心に誘ってきた。


 誠心誠意、何度も何度も足繁く通う彼らに絆されて、ラルフも最終的には勇者パーティーに参加することに頷いた。


 そして私は、泣くのも我慢してラルフの旅立ちを見送ることになったのだ。



 ラルフがこの街から旅立って二年後──遂に魔王が討伐されたという噂が、私たちの街にも流れてきた。



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