涼子の不安

[涼子]

 ゴールデンウィーク前、桜は合格後に言っていたように塾を辞めて、郊外にあるショッピングモールのフードコートでアルバイトをはじめた。スマホ代、定期代、服代など生活費を稼ぐためだと笑っていた。


『国体は諦めるかもしれない』


 帰り道、たまたま出会った太田が話してきたことに驚いた。記録が伸びないことはあるが、右の手首を庇うので他にも影響が出てきているのだと話していた。陸上部では気にかけてくれていた人だから、少しでも何か聞いてあげられればと考えていた。


(でもわたしは力になれないもん……)


 誰かれともなく呟くと、涼子は駅のプラットホームのベンチに腰を掛けた。自己嫌悪に苛まれて、塾へ行く気にもならななった。映像授業の一つや二つ遅らせても構わない。乗る電車を一本後にずらした。


(他人の悩みを聞いて、安心している自分がいる。最低な奴……)


 誰かの役に立てれば、涼子自身の存在価値が上がる。結局エゴだ。


(こんな自分はさっさと街へ戻ればいい。こんな自己中なわたしなんて地獄にでも落ちればいい)


 涼子はスマホの画面を見てフォトを開いてみた。高野から送られてきたキス釣りの写真の自分は笑っていた。同じように喜ぶ桜は入部することはないと決めた。


(割りきれるのうらやましい。あのブルブルとした感覚……)


 長坂がグループラインに『話したいことがあるので、明日昼休みに来てほしい』と書き込んできた。場所は一年生でも気兼ねなくすぐ行くことができる『渡り廊下』ということだ。二年生三年生は来にくいだろうとは思うが。


 松本、高野、太田に既読がついた。松本も太田も了解していたので、涼子もスタンプを押した。高野からの返信はない。教室でのいざこざのことで、校長室に呼ばれ、学校にも来ていないのではないとの噂も聞いていた。


『顔、大丈夫ですか?』


 送信した。またお節介だなと思いなおして消そうとしたが、すぐに既読がついた。しかし返信もなかった。

 結局、次の電車で塾へと行った。

 壁には「スマホは敵だ。誘惑してくる悪魔を打ち払え」と貼られていた。小学生や中学生の頃から嫌なことのほとんどがスマホを通じて行われているような気もしてくる。お経のように流れる映像授業を消化すした。集中できていない。溜息を飲み込んで、三時間を消化した。これなら自分で問題集を解くことにしようかと思った。

 帰るときスマホを見ると、割れた眼鏡の写真が届いていた。これを撮ろうとしていたのかと思うと、つい笑ってしまい、何だかホクホクした気持ちで帰宅した。


「お母さんから連絡ない?」


 祖母が尋ねてきた。


「あるけど」

「出てないの?」

「うん」


 祖母の前でSNSを開くと、罵詈雑言が長文で出てきた。数日前は甘い言葉、やわらかなお誘いだが、返信しないと変わってないなと思うような言葉があふれていた。長文もあれば短文の連続もあるし、少し精神がおかしいのではないかと思えたので、祖父母に見せた。


「お風呂入るね」


 涼子は風呂へと逃げた。あの伝言を見たらどう思うだろうか。二人は考えを変えてくれるのだろうか。祖父が涼子が遅い夕食を食べようとしていたとき涼子のスマホを前に呟いた。


「お母さんも寂しいんだ」


 この親があの人を育てたんだろうなと遠のくような気持ちで思いながら、量を減らした夕食を食べた。陸上部をやめてから太った。キスを釣り上げた写真を見て、改めてダイエットしなければならないと自分の食欲を戒めた。

 寝る前、ベッドに寝転ぶと、松本からSNSのボイスが入ってきたので通話に出た。


『部活のことで連絡来たよね』

「来た」

『みんなの前で入らないなんて言えそうにないんだけど』

「でも……」

『言うしかないよね』

「うん」

『そうだよね。ま、考え中にしとこ。んで高野さんのこと聞いた?殴られたこと』

「少し」

『茂部先輩のことを関西弁でバカにしたらしいんだよね。で、殴られたらしいよ。部活さ、高野って人のことも理由の一つなんだよね』


 卑怯なことを聞かされた。


 (うそだ。桜は後づけの理由でごまかしてる。上書きして生きていけるんなら、わたしもそうしたい)


 高野の怪我のことは、簡単にはぐらかされて何が起きたのかは聞いていない。アジは塩焼きにして食べたが、あの高野が他人をバカにするようなことは言わないと思うと答えた。

 

(あの人に話そうとした理由。すべて吸い込んでくれるからだ。何て悲しい人なんだろうか。底なしの穴がある)


『茂部先輩、ボコボコにしたらしい』

「そっか」

『で、生徒指導室に呼ばれたとか何とか聞いてるけどね。方言くらい我慢できるけどバカにされたら嫌だよね』

「わたしは気にならないけど」


 関西弁は我慢しなきゃならないレベルなんだなと思って聞いていた。どんな言葉で話そうとも構わない。高野さんは高野さんだ。涼子のたどたどし言葉もちゃんと理解してくれた。


『何で?』

「うん。特に理由はないけど」

『ここだけの話高野って人、ここに来る前は少年院いたみたいよ。マジ、うちの学校何してるのって感じだよね。あ、わたし今、バイト探してるんだ』

「してるのに?」

『うざいんだよね』


 フードコートのバイトは楽しくもなく、休みの日はキツイし、バイトリーダー的な大学生は偉そうだし、客は食い散らかすしてテーブルは汚いしと文句をぶち撒けていた。だから次を探しているとのことだ。学校的には居酒屋などは許可してくれなくてなど話していた。


『もうバイトの届けも出してるから、変わっても調べられないと思うんだけどね。涼子、太田先輩とつきあうの?』


 涼子の眠気が覚めた。


「何のこと?」

『違う学校の子から聞いたのよ。バイトしてるときに。あんたのこと好きみたい。涼子のこと知ってた。どう思う?』

「どう?」

『好きなの?』

「と、特には……考えたこともない……」


 太田のことを考えた。おつきあいすることなど考えてもいないが、告白される前に人づてに聞いても異性として意識すらできない。告白されれば意識するようになるのかと考えながら寝てしまうと、大阪に帰る最低な夢を見た。

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