第6話目覚める。学園に行く。
朝の空気って、なんか好きだ。夜と昼と流れているもの自体は変わらないのだが、清涼感とかが違う気がする。雨の多いこの季節は基本的にじめじめとしていることが多いが、今日は台風が過ぎ去った後の快晴。空気もからっとしていて心地が良い。
そんな朝に俺は目玉焼きを焼いていた。朝ごはんは基本的に作って食べている。自炊の一環として毎朝頑張って起きているが、最近はさぼることも多い。今日に限ってはお姫様がいるので手を抜くことはできないと思い、気合で起きた。
いい焼き具合になってきた目玉焼きと別で焼いていたベーコンを皿に移し、軽くサラダを盛り付ける。棚からインスタントのコーンスープを取り出し、食パンをトースターにセットした。
小麦の香ばしい香りが漂ってきたところで、寝室の方から足音が聞こえてきた。リビングと廊下を隔てる扉が開き、眠気眼の鈴森が姿を現した。
「……おはよう」
「おはよう。今日は晴れたみたいだな。一応朝食用意したんだけど……食べるか?」
「……いただくわ」
眠そうに下がった眉尻を見るに、鈴森はあまり朝は強くないタイプなのだろう。とろんとした様子が可愛らしい。
眠い目を擦りながら座った鈴森の前に目玉焼きとベーコンとサラダの乗ったプレートとコーンスープ、焼けたトーストを並べる。鈴森はトーストにバターを塗ると、かぷりと一口かぶりついた。
「制服、乾いたからそこに畳んでおいたぞ。着替えは脱衣所でやってもらえるとありがたい」
「何から何まで申し訳ないわね。あとでお礼でもさせて」
「別にいいって。お姫様の顔見られただけで満足だ」
「そう。なら、愚かにも私に尽くすことね」
「急に強気……」
「き、昨日のはちょっと調子が悪かっただけだから。本来の私はあんなものに怖気づいたりしないわ」
「別に取り戻そうとしなくていいって。俺はどっちのお姫様も好きだけど?」
「ぐ……一発蹴りでも入れようかしら」
「そんなことしても記憶は飛ばないぞ。……結構可愛かったし」
俺がそう言うと、鈴森はみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。面白いぐらいに分かりやすいその様を見てまた可愛らしいなと感じるのだった。
鈴森という名の毒に、既に中毒になりつつあるのかもしれない。
▼▽
時刻は8時10分。俺は鈴森と共に家を出た。誰かと家から登校することなんて久しぶりだから、元カノのことが頭をよぎってしまうが、俺は顔を振って彼女の幻影を振り払う。今更後悔したところでどうにもならないのだ。ならば現状を楽しもうではないか。
鈴森は昨日の様子から一転、いつものクールビューティーな美毒姫に戻っていた。昨日はなんだかんだあって鈴森らしくない部分を見てしまったが、やっぱりこの近寄りがたい雰囲気が鈴森だ。
こんなに近くで鈴森の横顔を見ることなんてなかったからか、改めてみると横顔が整っていて美しい。毒に侵されると分かっていながらも学園の男子がトライする理由が少しだけ分かった気がした。
「ふわぁ……」
「眠そうだな。やっぱり昨日は眠れなかったのか?」
「えぇ。誰かさんが少し強いくらいに手を握ってたせいでね」
「誰かさんが雷にビビってたからやってあげてたんですけどー?」
「ビビってないから!私があんな自然現象にビビるわけ……」
こうして話してみると、鈴森は案外意地っ張りだ。遠巻きから見ている彼女はいつも近寄り難い雰囲気で、何事もすべて跳ね返してしまいそうな先鋭的な目つきで男を薙ぎ払っているイメージだったから、なんだか意外だ。
昨日から俺はずっと鈴森の意外な部分を見てしまっている。一夜にして彼女の印象が覆ってしまいそうだ。
「あんま無理すんなよ。……それと、今日は一日俺の側で過ごしてくれ」
「はぁ?なんでよ?」
「昨日の先輩に鉢合わせでもしたらどうする。また昨日みたいに掴みかかられるかもしれないだろ?少し様子見だ」
俺が説明すると、鈴森は納得したように食い下がった。少なくとも今日一日は美毒姫のお付きだ。粗相のないように頑張るとしよう。
「……風来くんも、無理はしないことね。フラれたばかりなんだから」
「それは心配してくれてんのか?それとも貶してる?」
「さぁ?貴方なら言わなくても分かるでしょう」
察するにこれは『昨日助けてもらった身だし、心配ぐらいはしてあげる』ってことだ。俺の事を嘲笑っているように見えるが、先ほどから横目でちらちらとこちらの様子を伺っている。素直さが隠しきれていない。
「ご心配していただいてありがたい限りです」
「べ、別に私は心配してるなんて……」
「言わなくても分かるよ。……なんてったって、一夜を共にした仲だからな」
そう言うと鈴森はまた顔を赤くさせた。案外可愛いところが多いのに、他人と話そうとしないところが彼女の悪いところだ。
学園に近づくにつれて、生徒の視線が増えてくる。俺達二人にまるで珍獣でも見るような目を向けてくる。男の話など一切聞かない美毒姫の横に唐突に俺みたいな男が現れたら、そりゃこうなるわな。
「おい、あれって……三組の風来じゃね?」
「ほんとだ。あいつ眼鏡じゃなかったか?なんで美毒姫と……?」
「風来くん、眼鏡ないと印象変わるなぁ……」
「ちょっとかっこいいかも……?」
なんかこう視線を向けられるとなんだかムズムズするな……今日一日はこの視線に晒されることになるのか。
ふと隣を歩く鈴森に視線を向けると、いつもの凛々しい表情を拝むことができた。日頃注目を浴びている彼女はこの程度の視線はもう慣れっこなのだろう。
「ほら、眼鏡がない方がいいって言ってるじゃない」
「そうは言いましてもね、こっちにも事情ってもんがあるんですよ……なんか鈴森の隣って緊張するな」
「そう硬くならなくていいわよ。別に襲われるわけじゃないんだから。私の隣を歩いているんだから、もっとシャキッとしなさい」
ごもっともなことを言われた俺はとりあえず気を緩めて歩くことにした。
下駄箱で靴を履き替え、階段を上り、教室へと向かう。俺と鈴森は同じ三組。向かうところは同じ教室だ。
これ絶対なんか言われるよな……鈴森はいいとして、俺に関しては質問攻めに遭うこと間違いなしだ。
「はぁ……」
「ちょっと、私の隣でため息なんてやめてもらえる?私が悪いみたいじゃない」
「お姫様のお付きってのは大変だな」
俺は憂鬱な気分を心の箪笥にしまって教室の扉を開いた。
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