第6話 竜、来る

 アルコール性の頭痛で目が覚めると、既に空はしらみ始めており、山間やまあいが照らされ輪郭がハッキリとしだす様は暁の到来を告げていた。

 店主に迷惑をかけたと謝り、酔いも覚めぬ頭でフラフラと店を出る。

 腕時計を見れば時刻は0400を絞めしている。ため息をつきながらおもむろに煙草を口にしようと箱を開けるが、既に煙草は空だった。

 仕方がないので店に一度引き返して煙草の販売はないか聞こうとして立ち止まる。

 空を割るような、甲高い嘶きが遠くの空から聞こえて来た。最初は鳥かと思ったがどうも様子が違う。

 上空は雲一つない快晴。声をする方を凝視し、その主は居ないかと探す。

 上がり始めた太陽に、黒点が見えた。鳥だろうか。

 徐々にその点は色を取り戻し、紅々としてきた。


「竜だ。あれは竜だ!」


 僕は血相を変えて


「大将!電話!電話借ります!」


「おう、こっちだ」


 興奮と焦りからか震える手で受話器を取り、ダイヤルを回す。

 ジー...ジー...というダイヤルの応答が今は兎に角もどかしい。


「はい。N-07空電話交換局です」


 繋がった。僕は被せるように大声で話す。


「すぐに神南指令へお繋ぎください。竜です、竜」


「承知しました。すぐにお繋ぎします」


 緊迫さが伝わったのか、交換手はすぐに繋いでくれるようだ。


「お話しください」


 僕はすかさず腕時計を確認しながら話す。


「神南指令、こちら竹中、0402、イートイン上空にて竜一頭を確認、そちらへ向け時速100km 程で前進中」


 報告要領通りに報告する。焦りながらもこれなら要点を抑えて伝えられた筈だ。


「こちらもレーダで捉えたと報告があったが、竜を目視したのか?」


「しました」


 流石の哨戒レーダ網だ。捉えて居たとは。しかし、竜ともなればレーダの一つや二つ、破壊して向かっているかもしれない。


「わかった。全機、迎撃もしくは空中待機命令が下達されている。君の機体には私が搭乗する」


「お願いします」


「爾後、即時基地へ前進」


「了解」


 電話は切れた。

 自分の顔面を引っぱたく。

 己の気が抜けていた事や、今の自分の無力さ、罪悪感、色んな感情をひとまず置いておきたかった。


 再び外へ出る。

 大将とウエイトレス、何人かの客が空を見上げていた。

 竜と数機の戦闘機が入り乱れるように交戦しながらこちらへ飛んでくるのが見えた。

 雲間から、1機の戦闘機が降ってくる。

 あれは桜雷、つまり逢坂さんの機体だ。

 一撃を的確に浴びせ、鮮やかな切り返しで再び雲へと突き上げていく。

 自分と違って真面目に職務を全うする逢坂さんに、僕は複雑な顔をした。

 そんな僕を見て大将がぶっきらぼうに話しかける。


「高いなあここまで来るのも大変だろうに、なぁ」


 大将は竜の視点から空を見ていた。


「死にものぐるいでしょうね。非常に今の時代には珍しい......」


 どうして僕は地上に居るんだろう。

 どうして僕はあの空に居ないんだろう

 死に遅れたかのような嫉妬と己の非力さが頭を埋めつくした。

 そんな僕に大将が肩を叩いて言う。

 

「ほら。急いで帰った帰った。一報入れただけでも役割は果たしたじゃないか。泣き出す前にまずは走れ」


 僕はぐっと、奥歯を噛み締めて涙を我慢していたが、大将に指摘されてしまい一雫の涙がこぼれ落ちた。

 今の僕にとって大将の言葉が最大限のフォローであることは間違いなかった。

 大将に改めて礼を言って僕は単車にまたがる。


「行っておいで」


 体の言葉が身に染みた。

 既に太陽は山を超えて辺りを照らしている 。

 度々ドーン、ドーンと地獄の腹の底のような低い爆発音が辺りにこだましていた。気は焦る一方だ。

 フルスロットルで来た道をグングン遡る。

 イートインにいた鬱蒼とした気持ちはどこかに消え、今はただ、速く基地に帰りたかった。

 そして鉄橋を通り過ぎ、徐々にその全貌が見えて来た。

 幸いにして滑走路は無事なようで既に何機かは戦闘から帰還している。

 だが、格納庫一棟が焼けただれている。

 あれは需品用の格納庫で予備機等もあそこにあったはずだ。

 僕の旧機はお釈迦かもしれない。

 今は地上員が必死に消火作業に当たっているのが見える。

 どこか居心地の悪さを感じつつも現状を把握すべく滑走路へと走りだす。

 すると、空を見上げながら演習用の卓上無線機に耳を傾ける永田飛行士が居た。


「永田飛行士、戦況はどうなの」


 永田飛行士は双発機「穿龍せんりゅう」の操縦士で、今日は非番だった。休日というのに突然の襲撃で叩き起こされたのだろう。


「ああ。竹中飛行士、戦果は竜を一頭やったらしい。それ以外にも大鷲が五匹居たが三匹は落として、二匹はちりじりに逃走し、現在はその二匹の動向を掴まんとしているようだ」


「そっか、当方の損害は」


 永田飛行士は気不味い顔をして言う。


「正直正確にはわからない。でもおそらくは損害3機中破、予備庫が焼失、修復が最近完了した一番滑走路が再度攻撃を受けたって感じだろうね」


 それを聞いた僕も苦虫を噛み潰したような顔で答える。


「中々手痛いね」


「元々、六匹の報告だったからね。先に三匹補足してたんだけど竜は聞いてなかったからさ、君から報告が上がった物だから大慌てで予備機も含めて上げられたからむしろこの程度で済んだよ」


 永田飛行士はありがとうと言うかのように柔らかな笑みを浮かべて言った。


「そっか...」


「あんまり気を落としなさんなね。君は外出自由が認められていた訳だし、君の報告は役に立ったんだ」


「ありがとう。永田飛行士」


 僕は苦笑いをして答えた。


「とりあえず、自室で待機しておきなよ。そのうち指令に呼ばれるさ」


「うん、そうだね。改めてありがとう」


「うん、また後で」


「じゃあ、またあとで」


 僕は空を見上げて、ため息をつき、肩を落としながらトボトボと居室へと戻った。

 当然と言えば当然だが、自室で待機しながらも、僕は落ち着くことが出来なかった。しきりに窓から着陸する機体をみつつ、神南指令から呼び出しがかかるのを待ち続けた。

 そうこう気を揉んでいるとついに放送がかかった。


「竹中飛行士。執務室まで来られたし」


 僕はたまらず自室を飛び出て執務室に向かう。

 カツカツと足音が鳴り響く。歩調が早い。

 いつもよりも早く執務室に着いた。

 少し息を整えドアをノックする。


「竹中飛行士です。入ります」


 しかし、申し訳なさと緊張で声は震えて居た。


「入れ」


 少し怒気をはらんだ声が帰ってくる。

 僕は諸制式などすっ飛ばして開口一番、頭を下げた。


「神南司令。申し訳ございませんでした」


「いや、いい。元々休暇を出したのは私だ。それに報告助かった。全く、対空警戒をやっとる奴らは何をやっとるんだ、それに......」


 神南さんはブツブツと文句を言っている。

 相当頭に来ているようだ。


「いや、すまない、少々話がそれたな。君の機体は旧機も含めて無事だよ」


「ありがとうございます。神南司令」


「いや、いい。他に質問などあるか」


 僕はスッと手を上げる。


「なんだ」


「逢坂さんはどうしたのですか」


「逢坂は、敵機襲来の報告を得たと共に即座に迎撃に上がり竜に食ってかかった、その後支援で上がった柊と共同撃破だ。現在は逃走した大鷲を追っているが燃料的にそろそろ帰ってくる頃だろう。出迎えてやれ」


 僕はなんだか戦果を聞いてついにいたたまれなくなってしまった。


「了解。竹中飛行士は神南司令に要件終わり、帰ります」


 僕はぎこちなく敬礼をし、執務室を出る。

 恥ずかしいやら申し訳ないやら、なにか、死に遅れたような、そんな申し訳無さが僕の心を締め付けた。


 滑走路へと向かう足取りは徐々に徐々に速くなっていく。逢坂さんの乗機を見つけた時、堪えていた涙がどっと溢れてきた 。

 困惑する整備員に目もくれず真っ先に駆け寄り僕は、大声で叫ぶように謝った。


「申し訳ございませんでした!」


 すると逢坂さんは笑ってこちらへ寄ってくる。


「いいんですよ。気にしないで下さい。何より貴方が報告をくれたおかげで迎撃が出来ましたから。ありがとう。ありがとう」


 逢坂さんが肩を叩く。気恥ずかしいやら申し訳ないやら、感情がグチャグチャになりながら僕は逢坂さんの好意に甘えた。

 今はただ、許して貰えた事が僕の救いだった。

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降魔の翼 〜荒鷲は舞う・空を人類の領域とせんが為に〜 無名 陸兵 @reffyxd

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