第11話 介護士とスプレー①

 友坂家では、夕食の後片付けは当番制である。

 月、水、金、日は詩織とアラン、火、木、土はメイとレイと決まっている。


 今日は土曜日、メイが洗った皿をレイが拭いている。


 アランと詩織は、ソファに並んで座り、ワインを飲んでいる。土曜日は二人でワインを飲むと決めているようである。


“カチン”

 さっきから、グラスが触れ合う音が何度もしている。二人で何の話をしているのか分からないが、盛り上がる度にグラスを合わせているようだ。


 皿洗いしている子ども達をよそにイチャコラしている夫婦を気にする事なく、レイがメイに話しかけた。皿はもう全部拭き終わったようだ。


「メイ、来週老人ホーム見学に行くんだろ」

「うん、レイ達は昨日だったよね」


「ああ、田崎って介護士に憑いてた」

「そうなん?男?」


「介護士も幽霊も男。幽霊は多分元入居者」

「何それ〜、事件の匂い〜」


「レイ〜、詳しく聞かせて」

 二人の話を耳にしたアランが言った。いつの間にか、膝の上には詩織が座っている。


「おいコラ、話すから離れろ!」

 レイは冷蔵庫からコーラのペットボトルを出して、二人の前のソファに座った。


「はーい。アラン、また後でね〜」

「うーん、離したくない〜」

 アランは詩織を後ろからギュッと抱きしめて頬擦りしてから、名残惜しげに腕を解いた。


 その様子を見てレイは大きなため息をついて言った。

「離したくない〜じゃねぇよ、いい加減にしろ!」


「何だ、レイも膝に乗りたいのか?」

「どの文脈を読んだらそうなるんだ!」


「あなた達が小さな頃は、二人でアランの膝争奪戦を繰り広げてたくせに」

「そうだったなぁ。結局右足にメイで左足はレイが乗っかってたな」


「子どもの頃はな!いい年した大人が膝に乗ってんじゃねぇよ!」


「私がアランの横に座ると、レイがすぐに私に抱っこをせがんでたわ。レイは乳離れもメイより遅かったわ」


「そうだよ、いつ詩織のおっぱいを僕に返してくれるんだろうってヤキモキしてたよ」

「やだ、アランったら」


「ああもう、話聞きたいんじゃねーのか、この頭ん中お花畑夫婦は!」

 突っ込みどころ満載のアランの台詞にレイはイラついて来ていた。


「ちゃんと聞くよ」

 アランは座り直して、両手の指を組み真面目な顔で身を乗り出した。


「先週、老人ホーム見学があったんだ」

何処どこのホーム?」

 詩織が二つのワイングラスと飲み干したボトルを流しに運びながら訊いた。


「えーっと、何だっけ?」

「陽だまりの里」

 レイの隣に座ったメイが助け舟を出し、食器棚から持ってきた二つのグラスにコーラを注いだ。


「それそれ。で、俺たち、入居者の人たちと話したり、折り紙したり、車椅子押したりして、介護士の手伝いをしたんだ」


「今の中学校は、そんな事もするのね?私達の頃は無かったわ」

「介護の仕事の大切さを学ばせるんじゃないか? 」


「レイ、折り紙なんか出来るんだ。不器用なくせに」

「メイは黙ってろ、てかお前だって来週やらされっぞ。今のうちに練習した方がいいんじゃねーのか?」


「あたしは折り紙得意だもん。恐竜だって折れちゃう」

「鶴でいーんだよ、鶴で!」


「で、見たんだね?」

 アランが話を戻す。


「うん、おじいちゃんの霊が若い男の介護士に取り憑いてて、あの顔は、怨みだな」


「レイ、名前もっかい教えて」

「田崎って名札に書いてた、割と若くてガタイがいい」


「田崎ね、分かった。来週、そのおじいちゃん幽霊の話聞いてみる。殺人とかだったらやだなぁ」


「嫌かも知れないけど、殺人だったら余計犯人を野放しに出来ないわ。もしかすると、メイとレイのおかげで事件が解決できるかもよ」

 詩織が真剣な顔つきでソファに戻ってきた。


「老人ホームでの殺人事件か、昔あったな」

 アランの呟きに反応して、「二十人くらい刺し殺された事件あったじゃない」と詩織が言った。


「あれは、老人ホームじゃなくて障害者施設だろう。若い子も殺された事件だよ」

「そうだっけ。じゃあ、三人くらい転落させられた事件は?あれは老人ホームだったわ」


「そうそう、それだよ。詩織は記憶力がいいなぁ」

 隣に座った詩織をまた抱き寄せるアラン。


「チッ、さっきは間違えてたくせに」

「ん?レイ、何か言ったか?」


「何でもねぇよ。じゃ俺、宿題やっから」

「明日日曜日なのに?」

 立ち上がって部屋に行こうとしたレイにメイが突っ込む。


「早め早めが俺の信条なんだよ」

「嘘、夏休みの宿題、最終日に泣きながらやってたくせに」


「泣きながらじゃねぇ!」

 そう言い置いて、レイは二階に行った。


「じゃあ、あたしも部屋行くわ」

 飲み終えたコーラのグラスを片付けて、メイも二階に上がった。


 邪魔者たちがいなくなったリビングでは、残された頭ん中お花畑の夫婦が再びイチャコラを始めるのであった。


 ★☆


 翌週の火曜日の午後、メイのクラスの生徒たちは、中学校から歩いて二十分程の場所にある“陽だまりの里”にいた。


 陽だまりの里は、大きな規模の介護老人ホームだった。入居者定員は百二十人、対する介護士の人数は四十五人、人員配置基準の三:一の比率を若干上回っている。


「四十五人もいるのか。もっと詳しく聞いとけば良かったな。てか、アイツがもっと詳しく教えろよ、馬鹿レイめ」


 メイの心配を他所よそに、幸い田崎という介護士はすぐに見つかった。中学校からの見学者対応として担当しているのだろう。慣れた口調で生徒たちを誘導していた。


 田崎の後ろに霊の気配を感じたメイは、一人のおばあちゃんの車椅子を押しながら、田崎の後ろにいると思われる霊の心の声に耳を傾けた。


「花田さんが殺される、わしと同じようにこいつに殺される」

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