第6話 痴漢と冤罪③
万事休す!
アランがそう思った時、後ろを振り向いて女性が叫んだ。
「違います。私を触っていたのは、右手ではなく左手です!」
京本が掴んでいるのは、アランの右手だ。
「あの時もそうでした。あの時は勇気が無くて言えませんでした。でもあの方があんな事になって‥‥‥」
女性の声は細かく震えていた。
「あの時の痴漢もあなたですね!」
女性は精一杯声を荒らげて京本に向かってそう言い放った。
周りの乗客が京本を取り押さえて、丁度開いたドアから引き摺り出した。状況から見て、アランでなければ京本以外に女性を触る事が出来る者はいなかった。
被害者は、後藤田が冤罪を着せられた時と同じ女性だった。京本の好みの女性だったようだ。そして京本は左利きだった。
女性は、後藤田が犯人ではなく、自分を助けようとしたのに罪を着せられた事を分かってはいたが、自分が痴漢の被害に遭った事が恥ずかしかった上に、大勢の乗客に囲まれて、その事を言えなかったのを酷く悔やんでいた。
京本の痴漢のニュースはテレビや新聞には取り上げられなかった。公務員や大企業の役員なら別だが、京本は一介の会社員だ。
だから後藤田の冤罪を晴らすためのSNSをアランが投稿して拡散させた。ただ、京本の家族が同様の誹謗中傷を受けないような配慮は行なった。
友坂家が行なったのはそこまでだ。後藤田の霊は無事に成仏した。彼は、友坂の家族に、何度も何度もお辞儀をして消えて行った。
その後、後藤田の冤罪は晴らされ、残された家族には、京本から慰謝料が支払われた。娘の高校での孤立も次第に解消されて行った。
★☆
「今回も、すっきり片が付いて良かったわね」
夕食後、食器を洗いながら詩織がしみじみとした口調で言った。
「後藤田さんにはとんだ災難だったけどね。良い方だったな」
詩織が洗った食器をアランが拭いている。
「娘さんは良く分かってて、最後まで信じていたもんね」
メイが口を挟んだ。テレビのリモコンでチャンネルをあちこち替えている。
「メイはパパを信じてくれる?」
アランがチャメッ気を含んだ声で訊いた。
「ま、少なくとも痴漢はしないと信じてるわ」
「だけど、お尻をどっちの手で触られているのか、すぐ分かるもんなのかな」
食器を洗い終えた詩織が自分の手で尻を触りながら言った。
「触ってみるから、どっちの手か当ててみて」
アランが詩織の背後に立って、詩織の右の尻を左手で触った。
「分かる分かる!左手だわ。親指の位置で分かるのね!わざわざ左手で右のお尻を触ってるでしょ、アランったら」
「詩織のお尻は相変わらず、触り心地がいいな」
「今更何よ、毎晩触ってるくせに」
「おーい、子どもの前でイチャコラすんなって何遍言えば分かんの、そこの馬鹿夫婦!」
「親に向かって馬鹿はないだろ、レイ」
詩織をバックハグしたアランが言う。長身のアランは、詩織の頭の上に顎が乗っかっている。
「ったく、勘弁してくれよぉ〜。中二だぞ!思春期だぞ!」
「中二、中二ってうるさいわね。中二がなんぼのもんよ」
メイが夫婦の肩を持つ。
「
「知ってるわよ、あたしだって中二だよ。でも病気じゃないもん」
「お、主に男子がかかる病気なんだよ!」
「ふうん、お大事に」
「何だよ、それ!」
「そういえば、レイが、何でこんな事しないといけないんだって言ってたよ」
「メイ!何で今言うんだよ!」
レイが慌てて取り繕う。
「だって、ホントのことじゃん。言ってたじゃん」
「あれは!」
「こんな事って、霊の話を聞いてあげる事?」
アランが、詩織と一緒に双子の向かいのソファに座りながらレイに聞いた。
「そうみたいよ」
レイの代わりにメイが応えた。レイは膨れっ面をしてソッポを向いている。
「僕も君と同じくらいの時、そう思った事があるよ。そうか、あれが厨二病だったのか」
アランは遠い目をしてそんな昔話をした。
「へぇ、父ちゃんも嫌だったの?」
レイは父から初めて聞く話に身を乗り出した。
「嫌って言うか、友達と遊びに行きたいのに、その仕事をさせられる時にそう思ったかな」
「で?」
父親がどう感じていたのか、レイは興味があった。
「大切な事だし、他の誰にも出来ない事だからって言われたら、やるしかなかったな」
「同じかぁ」
レイは両手を頭の後ろで組み、天井を見上げた。
「僕の父さんも、その父さんも、同じだったんだよ」
「運命って奴かぁ」
「だから言ったでしょ、今回も上手く行ったし。やって良かったんじゃないの?」
メイはレイの頭を小突いた。
「やめろ!」
メイの手を振り払ってレイはまたソッポを向く。
「なぁ詩織、もう一人子ども作っちゃうってのはどう?厨二病に
詩織の腰に手を回して、アランは詩織の髪にキスをしている。
「馬鹿か、生まれて十四年経ったら中二になるんだよ。てか、十五歳も離れた弟なんて恥ずかしくて友達に言えねーよ!」
「何で弟って決めつけるんだ?妹かも知れないぞ」
「妹なんて尚更要らねーよ!」
今夜も、仲のいい友坂家の夕食後の風景であった。
♡♡♡
読んでいただきありがとうございました。
物語はまだ続きます。
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