第5話 痴漢と冤罪②

「ただいま〜」

『どうぞ、後藤田さん』

 メイが心の中で後藤田をドアの中に誘導した。


『すみません、お邪魔します』

 後藤田は、礼儀正しい人物のようだ。丁寧にお辞儀をしながら上がって来た。スーツの上下に革靴、ごく一般的なサラリーマンの格好だ。それが見えたのはレイだけだったが。


 幽霊と言っても、死んだ直後のまま出てくる訳ではない。もしそうだったら、電車に轢かれて死んだ後藤田の死体は見られたものじゃなく、レイには耐えられないだろう。


『早速だけど、私の中に入って貰います』

 メイが後藤田に心で呼びかけた。


『あのぅ、あなた方は一体‥‥‥』

『その話は後で』

『は、はい』


 霊になった自分と話が出来るというだけで驚いたのに、幽霊を家に連れて帰って、自分の中に入れとか言う少女。


 恐らく双子だろう、少女とそっくりな美形の少年。


 恐らく双子の父親と思われる長身金髪碧眼の超イケメンの外人。


 そして、幽霊を淡々と受け入れる母親と思われる美女。


 気にならない筈がない。生きた人間なら身を守る行動を取るだろうが、自分はもう死んでいる身だ。こいつらにこれ以上殺される事はないだろう。後藤田はそう考えて、メイの呼びかけに応じた。


 リビングのソファにまずメイが座り、自分の後ろに立つように霊に呼びかけた。


 向かいのソファの後ろ、メイの正面に立ったアランが、後藤田に右手のひらを向けて言った。


「神の御名において汝に命令する。メイの中に入れ」

 霊の姿が薄くなり、メイと同化した。その様子が見えるのはレイだけであるが。


「あ、あの。何とお呼びすれば良いですか」

 正面に座ったアランに、後藤田はメイの声で話しかけた。


「私はアランと呼んでください。メイの、貴方が乗り移っている娘の父親です」


「アラン、さん。この度は、私の話を聞いて下さるという事でありがとうございます」


「アランで結構です。痴漢の冤罪を着せられて亡くなったとの事ですね。詳しく聞かせて下さい。場合によってはお力になれるかも知れません」


「は、はい。火曜日の朝の事です」


 後藤田は、訥々とつとつと、自分の身に起きた悲劇を語った。


 いつもの満員電車、後藤田は自分の右斜め前に立つ女性が身をよじったのを感じた。


 身動きが取れないギューギュー詰めの中、後藤田の右隣に立っている男の手が女性の尻を触っている事が分かった。


 男の風上にも置けない、卑劣な行為だ!それは咄嗟とっさの判断だった。後藤田は右手を吊り革から外して、男の手をつかもうとした。


 すると、後藤田の動きを察した男が、先に後藤田の右手を掴んで持ち上げ「痴漢だ!」と叫んだ。辺りはざわめいた。


 その後の事は良く覚えていない。痴漢の冤罪は証明が難しいから、逃げるのが一番の策だと何処かで聞いた覚えがある。


 丁度駅に着いて扉が開いたので、自分が降りる駅ではなかったがそこで降りて走った。危険だと分かっていたが、線路に降りたら、そこに入って来た電車に跳ねられた。


 そこまでは、まあ仕方ない。いや、仕方なくないが。我慢できないのは、その後、ネットで後藤田が痴漢して逃げたというデマが拡散され、家族が誹謗中傷されている事だ。


 家の壁には落書きがされ、高校生の娘も学校で孤立している。


 妻は引っ越しを考えているが、娘は嫌がっている。


「お父さんはそんな事する人じゃない。引っ越したら罪を認めた事になる」娘はそう言い張っているという。


 ★☆


「京本のオッサンは、何とかして捕まえたいな!」

 後藤田の話をメイの声で聞き、五丁目の京本の卑劣な手口に一番腹を立てたのはレイだった。


「常習犯だろうね。今だにやってるだろう」

 アランは悲痛な表情を浮かべ、実際に後藤田から話を聞いて、また涙ぐむ詩織の肩を抱いている。


「俺はその男に毎日憑いて、電車にも乗ってますが、奴はやってます」

 メイの声で後藤田が言った。


「痴漢は現行犯じゃないとダメだからなぁ」

「誰かおとりになるとか?」

 アランのつぶやきにレイが提唱した。


「あたしはやだよー」

 メイの声でメイが言った。


「メイのぺっちゃんこの胸やお尻を触りたがる痴漢なんかいないさ」

「何ですって!」

「まあまあ」

 詩織がティッシュで涙を拭いながら、きょうだい喧嘩を収めた。


「あとは、マ、母ちゃんしかいないじゃん。俺や父ちゃんが女装する訳には行かないだろ?」


「パパは大きすぎるよね。レイならいいかもね!」

 メイが言い返す。


「詩織をそんな目に合わせられないよ!」

 アランが詩織をまた抱き寄せる。


「パパ酷い!ママはダメだけどあたしはいいって事⁈」

「そんな事ない、どっちもダメ」


「あのう、別におとりじゃなくても、俺があの男、京本の動きはすぐに分かるんで」


 三人は、顔を見合わせて納得した。


 という訳で、翌朝アランと後藤田の霊は、京本と同じ電車に乗った。


 アランはその能力で後藤田と通じて、京本が妙な動きをしたら合図を読み取る。


 後藤田が冤罪に遭った時と同じ、京本の左側にアランは位置した。長身のアランは京本より頭一つ分くらい高い。京本は五十歳くらい、眼鏡をかけた七三分けのごく普通のサラリーマン然とした男だ。


 後藤田は京本の前にいる女性の正面の上方の空間に浮いている。


 女性が身をよじり、表情に苦痛を浮かべた。

 触っている!アランは、後藤田の合図を読み取り、吊り革から右手を外して、京本の手を押さえようとした。


 しかし、後藤田の時と同様に、京本の察知の方が早かった。京本は、アランの右手を掴んで持ち上げ、コイツは痴漢だ!と叫んだ。


 それは後藤田の時と同じ手口だった。

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