第九話:沈む燈、訪う影

【SE:障子越しに風が擦れる音】


――夜が、静かに深まりつつあった。


廊下の先に、誰もいないはずの間。

そこに、足音がひとつ。


「……もう、目覚めてしまったのですね」


声は、どこか懐かしくもあり、忘れていた痛みを呼び起こす。

朧はゆっくりと振り向く。

そこにいたのは、白装束の――見知らぬ女。


いや。

その顔には、どこか、見覚えがあった。


「貴女は……」


「“咲かされなかった花”よ。

かつて、私もここで名を呼ばれず、“散らされた者”。

だが今は――“影”として貴女を見届けに来ました」


それは、姿を保ちながらこの屋敷に残った“未練”そのものだった。

過去に贄として失われた少女たちの名もなき一柱――“縁影えにしのかげ”。


「これより、この屋敷に眠るすべての“根”たちは、貴女に応じて目覚め始めます」


朧は口を開こうとする。

だが、その瞬間――


【SE:鈴の音が“逆回転する”ように響く】


屋敷全体が、わずかに軋んだ。


「これは……?」


「“記憶が逆巻き始めた”のです。

この地に刻まれた、幾度もの儀式、幾度もの誓い。

それらが、貴女のもとに“遡行”し、絡みついていく」


槇篝が飛び込んでくる。

彼女の表情からは、静けさが消えていた。


「早すぎる……! こんなに早く、兆しが――!」


そして気づく。

朧の瞳が、他人の記憶を映していた。


祭壇。焚かれる香。捧げられる声。

それは朧自身のものではない――

それでも彼女の中で、確かに“痛み”として芽吹いていた。


「これが、“根”になるということ……?」


【SE:ひとつ、灯籠が風に吹かれて倒れる】


誰かが囁く――いや、“何か”が、呼んでいる。


「朧。その名に応えて、供えよ」

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