第十三食 何があったの?
ディスタリアを出たサヤとアルヴィスは、隣国のゴルイドまで来ていた。
ゴルイドは商業が盛んな国で、商人たちの行き交いも多い。
国境での検問はあったものの、五つ星パスの前には無に等しく、指輪を魔法陣にかざすだけで難なく通過することができた。
「どうして薬指にしたの?」
指輪には、サイズを自動調整してくれる陣が組み込まれている。
アルヴィスは左手の薬指にはめることにしたようで、サヤは不思議そうにアルヴィスを覗き込んでいた。
「秘密」
「ええ……アルヴィスのけち」
教えてくれてもいいのにと言わんばかりの顔をするサヤだったが、すぐに街中を見て目を輝かせている。
すれ違う人たちは、アルヴィスの容姿に息を呑んだり、目を奪われたりしているようだった。
「こりゃあたまげた。ここまでの美丈夫は、初めて目にするわい」
不意に声をかけられ、サヤは通りに並ぶ店の方を見た。
杖をつきながら出てきた老婆は、人の良さそうな雰囲気を漂わせている。
「お兄さん、もしかしてエルフかい? いんや、それにしては耳の長さが……」
アルヴィスをまじまじと見つめていた老婆だが、サヤの方を向くとにっかり笑いかけてきた。
「お嬢さんたち、ゴルイドには観光に来たのかい? それとも、新婚旅行かのう?」
「ち、ちち違います! 観光です!」
「おや、そうかい」
サヤの言葉に笑みを深めた老婆は、自身の店を指し「寄って行かんかね?」と口にしている。
骨董品の並べられた店内に、サヤは興味を惹かれたようだった。
「いきましょう、アルヴィス!」
手を引くサヤと、引かれるがままのアルヴィスを、老婆が微笑ましそうに見ている。
「珍しい形の物が沢山ありますね」
「ここの通りは、
商業が盛んなだけあり、様々な国の物が運ばれてくるのだろう。
楽しそうに鑑賞していたサヤだったが、奥の棚に飾られた水晶を見て動きを止めている。
透明な水晶は、綺麗な球体をしていた。
サヤの視線に気づいた老婆が、水晶を手に取るとサヤの目の前に置いてくれる。
「この水晶はむかし、とあるエルフから譲り受けた物でのう」
「エルフ、ですか?」
「この辺りでは、とんと見かけんくなった。珍しがるのも無理はない」
老婆は水晶の表面を指で撫でながら、懐かしむように瞼を閉じている。
「エルフが言うには、こうして触れることで、神々と交信できる魔法が込められているそうじゃ。まあ、わしにはさっぱりだったがのう」
エルフは魔法に優れた一族だ。
習得に年月のかかる魔法だが、長寿であるエルフには向いていたのだろう。
「どんな神様と話したかったんですか?」
「ゴルイドの初代の王は、鉱物の神から加護を授かっておった。一言だけでも声が聞ければと憧れはしたが、それほど期待はしておらなんだよ」
行く先々で金や銀、宝石の数々に恵まれた王は、富に溢れた国──ゴルイドを建国した。
王の加護は相当強かったようで、城の中には今も、王が集めた財宝が山ほど眠っていると言われている。
ゴルイドにおける“加護”とは、ディスタリアで言う“異能”と同じようなものだ。
しかし、全ての帝国民が異能を授かるディスタリアとは違い、ゴルイドの国民には加護を得られない者もいた。
「触ってみるかい?」
好奇心を刺激され、サヤは老婆の方を見つめた。
「良いんですか?」
「もちろんだとも」
それならと手を伸ばしたサヤが、水晶の表面を指でなぞる。
ひんやりとしたガラスのような感触。
これといって変化のない水晶を見て、サヤが手を引こうとした時だった。
透明な水晶の中央に、闇のような黒が広がっていく。
急速に広がった黒は、あっという間に水晶を真っ黒な球体へと変えている。
ぼうっとした様子のサヤが、唇だけで言葉を紡いだ。
内側の圧に耐えきれなくなった水晶が、嫌な音を立て始めた直後──水晶が勢いよく破裂した。
「サヤ!」
アルヴィスの腕が、サヤの身体を引き寄せる。
水晶の周りを空気ごと圧縮させたアルヴィスは、飛び散った破片を押し込み、水晶を一粒の塊に変えた。
米粒のように小さくなった水晶が、テーブルの上にころりと転がっている。
我に返ったサヤが、アルヴィスの腕の中で目を瞬いた。
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