第3話「視聴者という名の悪魔」



やあやあ、君たち。突然だが質問だ。


君は『悪意』というものを、純粋な形で見たことがあるか?


まあ、おそらくないだろう。普通の人間の悪意には、必ず理由がある。嫉妬、憎悪、復讐心、劣等感—何かしらの動機が存在するものだ。


しかし、この世界で僕が見たのは違った。


理由のない悪意。動機のない残酷さ。ただ純粋に、他人の苦痛を楽しむためだけの『悪意』。


それはまさに、悪魔そのものだった。


---


第一回デスゲーム終了から三日後。


僕とリコは、他の生存者5人と共に次のゲームを待っていた。死者3人を出したゲームの後で、残った参加者たちの表情は一様に暗い。


「次は何のゲームなんでしょうね」


リコが不安そうに呟く。ゲーム中の冷静さとは打って変わって、普段の彼女は本当に普通の女の子だった。


「わからないけど、とりあえず生き残ることを考えよう」


僕がそう答えた時、待機室の大型スクリーンに告知が表示された。


**【第二回デスゲーム開始前特別企画】**

**【視聴者投票:今回誰を最初に殺したい?】**


僕の血の気が引いた。


「は?」


リコも絶句している。他の参加者たちも、スクリーンを見上げて言葉を失っていた。


選択肢が表示される。


**A. 春日ハルト(17歳・男性)**

**B. 雪村リコ(16歳・女性)**

**C. 佐藤健(20歳・男性)**

**D. 田中美咲(18歳・女性)**

**E. 山田太郎(19歳・男性)**


全員の名前がある。まるで、商品のカタログのように。


「これは...」


僕の『エモパス』が、スクリーン越しに視聴者たちの感情を感知し始める。


そして—戦慄した。


『あいつムカつく』

『早く死んでほしい』

『血まみれになるところが見たい』

『苦しんで死ね』

『面白くしてくれよ』


純粋な悪意だった。何の理由もない、ただ娯楽のためだけの残酷さ。


「おい、これはさすがにやばくないか?」


参加者の一人、佐藤健が震え声で言う。


「僕たちは人間だぞ。ゲームのキャラクターじゃない」


その時、コメント欄に新しい投稿が流れ始めた。


『人間? 笑わせるな』

『ここに来た時点でキャラクターだろ』

『文句言うなら死ねよ』

『俺たちの娯楽を邪魔するな』

『動物園の動物が喋るなよ』


僕の拳が震えた。


動物園の動物?


僕たちが?


「ふざけるな...」


僕は思わず呟いていた。


「僕たちは動物園の動物じゃない!」


その瞬間、待機室に警告音が響いた。


**【警告:視聴者様への侮辱行為を検出】**

**【参加者:春日ハルト】**

**【罪状:視聴者様の楽しみを妨害した罪】**

**【処罰:ペナルティ発動】**


「え?」


次の瞬間、僕の体に激烈な電撃が走った。


「うあああああああ!」


痛い。とてつもなく痛い。全身の神経が焼けるような激痛で、僕は床に倒れ込んだ。


「ハルト君!」


リコが駆け寄ってくる。


電撃は10秒ほど続いて、ようやく止まった。僕は床で痙攣しながら荒い息を吐いている。


「大丈夫? しっかりして!」


リコが僕を支えてくれる。彼女の手が震えているのがわかった。


「ハルト君、聞いて」


リコが僕の耳元で小声で囁く。


「反抗しちゃダメ。この世界では視聴者の機嫌を損ねたら終わりよ」


僕は震える手で体を起こし、再びスクリーンを見上げた。


コメント欄は大盛り上がりだった。


『ざまあwww』

『生意気な奴だな』

『もっと痛めつけろ』

『反抗的な奴は嫌いだ』

『今度は死ぬまでやれ』

『面白かった』


僕は愕然とした。


彼らは僕の苦痛を、心から楽しんでいる。


まるで、テレビゲームのキャラクターを操作するように。まるで、虫を足で踏み潰すように。


何の罪悪感もなく、僕たちの痛みを娯楽として消費している。


「これが...現実なのか」


僕は呟いた。


そして、投票結果が発表された。


**【投票結果】**

**1位:春日ハルト(35%)**

**2位:佐藤健(22%)**

**3位:雪村リコ(18%)**

**4位:山田太郎(15%)**

**5位:田中美咲(10%)**


僕が1位だった。


「ハルトさんが最多得票となりました」


ルナが現れて、いつものような完璧な笑顔で告知する。


「おめでとうございます。次のゲームでは、特別に『真っ先に狙われる』というハンデが付きます」


「それ、おめでとうって言うことじゃないですよね?」


僕の皮肉に、ルナは首を傾げる。


「そうでしょうか? 視聴者の皆様に最も注目されているということですよ。光栄なことです」


光栄って...


コメント欄を見ると、まだ僕への悪意が続いている。


『ハルト死ね死ね』

『調子に乗りすぎ』

『次のゲームで確実に殺せ』

『苦しんで死んでくれ』

『でも死ぬ瞬間は見たい』


その中に、わずかだが違うコメントも混じっていた。


『ハルト頑張れ』

『負けるな』

『応援してる』

『システムおかしいよ』


でも、そういったコメントは圧倒的に少数派だった。


「ハルト君」


リコが僕の手を握る。


「大丈夫。私が守るから」


彼女の『エモパス』を読み取ると—


『本気で心配してくれている』

『でも同時に、自分の順位が3位だったことへの恐怖もある』

『ハルトと一緒にいることで、自分も狙われるかもしれない不安』


複雑な感情だった。


「ありがとう、リコ」


僕は微笑む。彼女が複雑な感情を抱いているのは当然だ。ここは命がけの世界なのだから。


「でも、君も自分のことを第一に考えて」


「そんな! 私たちは仲間でしょ?」


リコが慌てて否定する。でも彼女の感情の奥底には、やはり自己保存の本能がある。


それを責めることはできない。誰だって、まずは自分の命が大切だ。


「さて、皆さん」


ルナが手を叩く。


「第二回デスゲームの説明を始めます。今回のゲームは『脱出ゲーム』です」


新しい情報がスクリーンに表示される。


**【第二回デスゲーム:密室からの脱出】**

**制限時間:6時間**

**参加者:7人**

**ルール:密室に閉じ込められた参加者は、謎を解いて脱出せよ**

**ただし:最後に残った1人は即死**


「つまり、6人が脱出できれば、1人が死ぬということですね」


ルナが説明する。


「そして、投票結果により、ハルトさんには特別なハンデが—」


「待ってください」


僕がルナの言葉を遮る。


「そのハンデって、具体的に何ですか?」


「手錠です」


ルナがにっこりと笑う。


「ハルトさんだけ、手錠をかけられた状態でゲームに参加していただきます」


手錠? 謎解きゲームで手錠?


それはもう、勝利を諦めろと言っているようなものじゃないか。


コメント欄が再び活性化する。


『手錠きたー』

『これで確実に死ぬだろ』

『ハルトざまあ』

『いい気味だ』

『苦しんで死ね』


でも、やはり少数の応援コメントも見える。


『ハルト負けるな』

『手錠でも頑張れ』

『理不尽すぎる』

『応援してる』


僕は深呼吸する。


怒っても仕方ない。反抗すれば、また電撃を食らうだけだ。


今は耐えるしかない。


「わかりました。そのハンデ、受け入れます」


僕がそう言うと、コメント欄の雰囲気が少し変わった。


『あ、意外と潔い』

『諦めたか』

『つまらん』

『でも死ぬのは確定』

『最後の足掻きが見たい』


そして一部では—


『ハルト偉い』

『負けずに頑張れ』

『応援する』

『絶対生き残れ』


僕は気づいた。


視聴者全員が悪魔というわけではない。大多数は確かに悪意に満ちているが、中には本当に応援してくれる人もいる。


それに—


僕には『エモパス』がある。リコには『ゲームブレイン』がある。


手錠程度のハンデなら、なんとかなるかもしれない。


「それでは、準備を開始します」


ルナが宣言する。


「第二回デスゲーム、6時間後に開始です」


---


こうして僕は学んだ。


この世界の視聴者たちは、確かに悪魔のような存在だ。僕たちを娯楽として消費し、苦痛を楽しみ、死を願っている。


でも、全員がそうではない。


わずかでも、本当に応援してくれる人たちがいる。


その人たちのためにも、僕は生き残らなければならない。


たとえ手錠をかけられても、たとえ世界中から嫌われても。


僕には、帰るべき世界がある。


そして—守りたい仲間がいる。


次回、第4章「ヤンデレお嬢様降臨」編。


新たなキャラクター、黒崎アヤメが登場する。彼女は僕を一目見るなり「運命の人」と宣言し、そして—


リコとの間に、激しい火花が散ることになる。


さて、僕の周りはどんどん複雑になっていくようだが、果たして僕は生き残れるのだろうか?


—答えは、君たちが見守ってくれ。


少なくとも、僕を応援してくれる君たちがいる限り、僕は諦めない。

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