第29話 過去の事件と、魔族の影

 王都に魔族が入り込み、なにやら悪さをしているらしい。

 どうにもフワッとした話だが、王都内部で魔族らしき連中の襲撃を受けた身としては、無視はできない。

 あいつら、みんな問答無用で襲ってきたよな。『無限の剣士』を狙っているらしいが、理由ぐらい説明してほしかった。

 先日出会ったイオとかいう少年によると、魔族は『無限の剣士』を相当警戒しているらしいな。

 俺が受け継いでいる流派は衰退しまくってるのに、なにを今さらって感じだが……油断しないようにしよう。


「魔族がなにを企んでいるのか知りませんし知りたくもないですが、王都でなにかするつもりなら叩き潰すだけです」

「そ、そうだな。俺もそのつもりだよ」


 真剣極まりない顔で呟いたシェリルに、同意しておく。

 ちなみにシェリルは、夜が明けたばかりの頃に俺の家に侵入し、寝室で寝ていた俺を起こしてくれた。

 ダイニングには朝食が用意されていて、俺はすまし顔のシェリルとテーブルを挟んで朝食をとった。

 焼き立てのパンとシチューだ。シェリルが朝早くから用意してくれたらしい。

 ありがたいが……勝手に人の家に侵入するっていうのはどうなんだろ。せめて一言ぐらい声を掛けておいてほしいものだが。


「魔族……人類の天敵で、闇に生きる邪悪な者ども。本当に嫌な連中ですよね。ここ最近は大人しくしていたのに、また動き出すなんて……この世から消えてしまえばいいのに」

「……」


 忌々しげにつぶやくシェリルに、なにも言えなくなってしまう。

 なぜなら、彼女の家族は、魔族に殺されたからだ。一族は皆殺しにされ、シェリルだけが生き残った。

 事件当時、シェリルは幼かったから覚えていないだろうが、実は俺もこの事件には関わっていたりする。


 あの魔族は、そこそこ身分の高い高位の魔族だったらしい。

 人類への警告のつもりで、辺境の地を治める、武勲で名を馳せたという貴族を滅ぼしてみせたのだ。

 その貴族とうちの実家は過去に交流があり、事件当日、修行の一環で世界各地を回っていた俺は、たまたまその貴族が治める領地に通り掛かった。

 俺があと一日早くその地を訪れていれば、貴族一家を救う事ができたのかもしれない。

 だが、俺が駆け付けた時には、全てが手遅れだった。魔族による襲撃を受け、一族のほとんどが皆殺しにされた後だったんだ。


 燃え盛る炎に包まれた屋敷の奥で、異形の姿をした魔族は、まだ幼い女の子を捕まえて、俺に告げた。

 『剣を捨てろ。さもなくばこの子供をバラバラにする』と。

 俺はヤツの要求通りに剣を捨て……ると見せかけて、逆にヤツをバラバラに切り刻んでやった。

 恐怖に震え、泣きじゃくる女の子を抱きかかえ、頭をなでてあげた。


「もう大丈夫だ。悪いヤツは退治したよ」


 家族を殺され、天涯孤独の身となった女の子を、孤児院に預けておいた。

 それから数年後、成長した女の子が俺のところへ来て、剣術を学ぶ事になるとは……思いもしなかったな。


「私が『無限覇王剣』を学ぼうと思ったのは、世界最強の剣術であり、魔族を打ち倒すのに最適な剣技だと聞いたからです。魔族を倒すのに特化した流派なんですよね?」

「あ、ああ。俺も昔の事はあまり詳しくは知らないが、元々は非力な人類が魔族に対抗するために編み出された剣術らしい。大昔に存在した、闘いの神が作ったんだとか」


 魔族は人間よりも強靭な肉体を持ち、強力な魔法を操る、邪悪な者どもだ。

 まともにやり合えば、人間に勝ち目はない。その差を埋め、魔族を打ち倒すために作り出されたとされている剣技が、『無限』の名を冠する流派なのだ。

 全ての流派の頂点であり、源流なのが、俺の実家が継承している『無限覇王剣』だ。その剣技は天地を引き裂き、あらゆる物を破壊し、斬り捨てたという。

 まさに世界最強にして究極の剣技。それが『無限覇王剣』なのだ。

 ……めちゃめちゃオーバーに誇張されて伝わっているだけで、そこまでの威力はないとは思うけれど。


「グランドさんから教わった剣技で、魔族どもを皆殺しにしてやります。今の私なら、魔族になんか負けません」

「そ、そうだな。シェリルは強くなったよなあ」


 するとシェリルは、俺の方をチラチラと見ながら、なんだか言いにくそうにして呟いた。


「あの……この事件が終わったら……魔族の企みを阻止できたら、私の話を聞いていただけますか……?」

「うん? 話ぐらいいつでも聞くけど。今じゃ駄目なのか?」

「は、はい……まだ決心がつかなくて」


 よく分からないが、まだ話せないという事らしい。

 それなら、彼女の好きなようにさせるしかないか。俺は一応、シェリルの師匠だからな。弟子である彼女の意思を尊重しよう。


「分かった。それじゃ、後でな。まずは目の前の問題を片付けようか」

「は、はい。すみません」


 顔を伏せ、申し訳なさそうにしているシェリルに苦笑する。

 謝りたいのは俺の方だぜ。色々と迷惑をかけてすまないな。

 魔族は俺を狙っているようだし、『無限』の技を使う者をマークしているみたいだ。

 かつて魔族に家族を殺された過去を持つシェリルを、魔族との戦いに関わらせてしまうというのは避けたかった事態だ。

 だが既に、成り行きとは言え、彼女を巻き込んでしまっている。彼女が過去に俺が指導した『シェリル』だと分かっていたら、避けられたはずなのに。

 ほんと、なにをやってるんだ、俺は……あの『シェリル』に辛い思いをさせちゃ駄目だろ。


「魔族は、王都のどこに潜入しているのでしょう? 連中が事を起こす前に特定できればいいのですが」

「難しいな。連中がどういう方法で攻めてくるのか……というか、なにを企んでいるのか分からないし」


 たとえばだが、ただ真正面から攻めてくるというだけなら、普通に迎え撃つだけだ。

 ここ王都には大陸最強の王国騎士団があり、冒険者ギルドの本部もある。魔道士協会だって協力してくれるはずだ。

 だが、相手は野生のモンスターなどではなく、人類の天敵、邪悪で狡猾な魔族だ。

 悪知恵を働かせ、卑怯な手段で攻めてくるに違いない。 


「そう言えば先日、グランドさんを狙ってきた魔族らしき者達は、街中に現れましたね。王都には結界が張られていて、魔族は入る事ができないはずなのですが」

「そうなのか? じゃあ、あいつらは一体どうやって……」

「もしかすると、結界をすり抜ける方法があるのかもしれませんね。おそらく、ごく少数のみが可能なのでしょう。でなければ街中に魔族が入り込んでいるはずです」


 もしもそういう事だとしたら大変じゃないか。

 これは……調べてみた方がよさそうだな。


「結界っていうのは、どうやって張ってあるんだ?」

「王都の周囲には魔法石が設置されていて、それらによって結界が形成されている、と聞いた覚えがあります。魔道士協会の管轄ですね」

「魔法関係か。苦手な分野だな」


 だが、そうも言っていられない。魔族が本格的に動き出す前に、できる事をやっておくべきだろう。

 俺とシェリルは家を出て、王都に張り巡らされているという結界について調べてみる事にした。

 魔法については専門外なので、冒険者ギルドに行き、適当な魔法使いを見繕い、同行してもらうか。

 ギルドに行ってみると、依頼が貼り出されている掲示板付近でウロウロしている魔法使いがいた。


「私の考えた謎を解いてみない? 格安で雇われてあげるよー!」


 とんがり帽子にローブ、長い杖を装備した、小柄な少女。

 身体中に『?』マークを貼り付けたそいつは、魔道士協会で出会った魔法使い、ハテナ・クエスチョンだった。

 つか、なんであの子がここに? 冒険者に絡んでるみたいだが……。


「あっ、あんたは、怖い剣士のおじさん! お、おはよう!」

「お、おう、おはよう。ここでなにをしてるんだ?」

「私は冒険者でもあるからね! 魔法使いに用がありそうな冒険者を探してるんだよ!」

「へ、へえ、そうなのか」


 ハテナは魔道士協会所属の魔道士でありながら、冒険者ギルドに魔法使いとして登録している冒険者でもあるらしい。

 魔法使いの連中は、彼女のように冒険者ギルドと魔道士協会の両方に所属している者がほとんどなのだとか。

 少し考えてから、ハテナに尋ねてみる。


「君は、魔法使いだよな? 王都に張られている結界について、詳しいか?」

「結界? まあ、そこそこ知識はあるかな」

「実は、結界について調べるつもりなんだが……手を貸してくれるか?」


 するとハテナはちょっぴり驚いた顔をしてから、ニコッと微笑んだ。


「いいよ! それじゃ、私の考えた問題を解いてくれるかな? 正解したら格安で雇われてあげるよ!」

「ええっ? ま、また問題を解かなきゃいけないのか……」


 面倒だが、ハテナは他人に自分が考えた問題を解かせるのが趣味らしい。と言うか、それが生き甲斐なんだとか。

 魔法使いの連中は、妙なこだわりを持っている者が多い。困った事に、そういう連中に限って能力は高かったりするんだよな……。

 ハテナは、冒険者としてギルドに登録していて、AAAランクらしい。Sランクより一つ下だが、かなり優秀な冒険者にのみ与えられる称号だという。ギルドに登録している魔法使いではトップクラスだとか。

 全然そんな感じには見えないんだが、何気にすごい魔法使いなんだな。


「それじゃ、問題です! 魔王を倒すのには伝説の『勇者の剣』が必要で、それは選ばれし勇者にしか抜けない特別な物でした。ところが、とある勇者は『勇者の剣』が抜けなかったのに、魔王を倒してしまいました! さて、なぜでしょう?」


 楽しそうに語るハテナの問題を聞き、頭を悩ませる。

 また難しい問題だな。条件を提示しておいて、その条件を満たしていないのにクリアできたのはなぜなのか、という問題か。

 魔王が油断していたから、とか? いや、そういうのが答えじゃないよな。

 なにかトンチを効かせなきゃいけないんだよな。うーん、答えは一体……。


「はい。答えてもいい?」

「黒髪のクールなお姉さん、どうぞ!」

「魔王を『勇者の剣』がある場所まで誘導し、『勇者の剣』にぶつけて倒した。……とか?」

「んんーッ……!」


 ハテナは眉根を寄せ、しばらくうんうんうなってから……叫んだ。


「大正解! おめでとう! やるね、お姉さん!」

「……どうも」


 どうやら正解だったらしく、ハテナは笑顔で手を叩き、シェリルを褒め称えていた。

 ちょっと照れた様子のシェリルに拍手を送りつつ、宣言する。


「それじゃ、王都の結界について教えてあげるよ! なんでも訊いてね!」


 これでどうにか結界について調べる事ができそうだな。

 俺とシェリルは、とりあえず安堵したのだった。

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