第28話 シェリルの過去
「まあ、魔族が王都で悪さを? これは由々しき事態ですわね!」
「あ、ああ。そうだな」
自宅に戻ると、ロディエルドが訪ねてきた。
今日は騎士団の仕事が忙しくて俺の傍にいられなかったらしい。シェリルとマルシアに俺の護衛を頼んでいたとか。
ロディエルドは王国が誇る王国騎士団の副団長だ。王国の平和を揺るがすような事案があるのなら教えておくべきだろう。
魔族に関する話を彼女に伝えてみたところ、ロディエルドは顔色を変えていた。
「叔父様に……オーウェン騎士団長にお知らせして、騎士団全員で警戒に当たりますわ! 街の警備隊にも知らせておきましょう!」
「そ、そうか。頼むよ」
さすがは王国騎士団副団長、頼りになるな。
魔族の動きに関する情報が確かかどうかはまだ分からないが……警戒をしておいて損はないよな。
「冒険者ギルドには私から伝えておきます。ギルマスが聞けば協力してくれるでしょう」
シェリルはSランクの冒険者で、ギルドではトップクラスの実力者だ。彼女の言う事ならギルド側も聞いてくれるだろう。
「傭兵団にもこっそり連絡を入れときますよ! あたしは仮釈放扱いなんで派手に動けませんけど。傭兵連中は頼りになると思います」
傭兵団の団長だというマルシアはそんな事を言っていた。
シェリルとロディエルドは聞こえないフリをしていたが……みんな、それぞれの立場があって大変だな。
さて、そうなると、俺はどうするべきか。
一応は冒険者って事になってはいるが、ランクは制限なしのフリーで、Fランクですらないんだよな。
『無限覇王剣』の継承者ではあるものの、特に肩書きなんかはない。要するに、一般市民と変わらないんだ。
「グランドさんは、アンリミテッドの冒険者で、ソードマスターです。Sランクの冒険者などよりも立場は上ですよ」
シェリルからそんな事を言われ、首をひねる。
そうなのか? アンリミテッドって、正規のランクから外れた、冒険者の見習いみたいなものなんじゃ……。
ソードマスターって、俺の事か? いや、俺なんかまだまだだろ。それなりに経験を積んではいるが、『
「私の師匠なのですから。もっと威張っていてもいいんですよ」
シェリルに上目遣いで見つめられ、困ってしまう。
そう言われてもなあ。俺は衰退しまくっているマイナー剣技を受け継いでいるだけの、ド田舎に引きこもっていた剣士だし。
剣の腕に関してはそれなりに自信はあるものの、威張ったり誇ったりしてみせられるほどのものではないと思う。
「俺なんか、まだまだだよ。この歳でまだ、修業中の身なんだからな」
「そ、そうなんですか?」
驚いた様子のシェリルに苦笑する。
そうだ、まだまだ俺は修行中の身なんだ。もう四〇になるっていうのに。
早くに両親を亡くしていた事もあり、俺の直接の師匠は、祖父だった。数年前に他界するまで、祖父に、爺ちゃんにずっと剣技を教わってきたが……俺は最後まで、爺ちゃんに勝てなかった。
一応、爺ちゃんから免許皆伝を言い渡されてはいたが……俺は納得できなかった。
爺ちゃんに一度も勝てなかったのに、免許皆伝って。それでいいのか。
俺はまだ、未熟者のままなんじゃないのか。そんな俺が『無限の剣士』を名乗ってもいいのか?
「グランドさんは、子供の頃から私の目標で……いまだに超える事ができない、大きな壁です。あなたが未熟者なら私なんか、子ネズミか、小バエ以下です!」
「い、いや、それは言いすぎだろ。シェリルと俺にそこまでの差はないと思うよ」
なにせ、シェリルはSランクの冒険者で、『白銀の閃光剣』なんて呼ばれているぐらいだしな。
彼女の普段のたたずまいや動きを見ていれば分かる。相当な修練を重ねているな。実戦経験もかなり積んでいると見た。
一〇年ほど前、俺が剣術を教えていた頃の『シェリル』と同一人物だとは思えない。性格や態度、容姿などを除外したとしても、もはや別人レベルに成長している。
そう言えば、シェリルは割と軽装で、薄手のノースリーブワンピースを着ているが……胸にだけは金属製のチェストプレートを装着しているな。
「シェリル、その胸のプレートは……」
「これですか。これは昔、剣の師匠に……グランドさんに、胸の急所だけは守るようにしておけと言われたので……」
「!?」
マジか。それは確かに、昔の『シェリル』に言ったような気がする。
『シェリル』は技の切れが抜群で、剣の速度、素早さに特化した剣士だった。
彼女の動きを制限しないよう、なるべく軽い装備をするように指導したと思うが、その際に、急所だけは守るように言っておいた。
人体にはいくつも急所がある。その中で、最も守るべき箇所は、頭と、心臓だ。即死に繋がるので。
頭は嫌でも守ろうとするのが人間の本能だ。固い頭蓋骨に守られているので、それなりに頑丈でもある。
だが、心臓はかなり弱い。身体の中心にあるため、敵に狙われやすい箇所でもある。
以上の理由から、心臓だけは防具で守っていた方がいい。たとえ速度重視の動きを得意とする剣士であっても。
「教えを守り、防御魔法を付与されたミスリル銀製のチェストプレートを装備しています。ほめてください」
「あ、ああ、うん。よくできました……」
シェリルにせがまれ、ほめておく。
昔はあれだけ生意気で反抗的だったのに、変われば変わるもんだなあ。
つか、本当にあの『シェリル』なのか? 正直、信じられないんだが。
「私、そんなに変わりました? 自分では、昔とそんなに変わらないでいるつもりなんですが……」
「いや、かなり変わってると思うけど。昔とは別人だろ」
「そう……でしょうか?」
自覚はないのか、シェリルは戸惑った様子だった。
本人は分からないものなのかもな。一〇年ぶりに会った俺からすると完全に別人レベルなのに。
あの頃の『シェリル』の事ならしっかり覚えている。最初に剣術を教えた三人の一人だし、割と個性的な子だったから。
今から一〇年ほど前、うちの家系の過去の付き合いなどから色々あって、子供達に剣術を教える事になった。
本来なら師範である爺ちゃんが教えるべきだったと思うのだが、これも修行の一環だと言われ、俺が指導役を担うはめになった。
集まった子供達はみんな一〇歳ぐらいの子達で、二〇名程度。俺の実家と過去に付き合いのあった、貴族なんかの子供達だった。
思い起こせば、どの子も訳ありの家柄の子ばかりだったっけ。辺境の地を任されている田舎貴族の末裔や、王族の遠い遠い親戚で権力なんかほとんどない家柄の子や、盗賊上がりのエセ貴族の子とか。
まあ教える側の俺からすると、生徒達の家柄なんてどうでもよかったんだけど。
他人に教える事なんか初めてだったので、かなり戸惑いはしたものの、俺なりに真剣に取り組み、丁寧に基礎から教えてあげたつもりだ。
ところがどういうわけか、初日から脱落者が続出してしまい、残ったのはたったの三人だった。
初心者向けに、めちゃめちゃ楽な鍛錬から始めたのに……。当時の俺は意味が分からず、困惑したものだった。
「裏山を頂上まで十往復してこいって、無茶苦茶だわ! めちゃめちゃ険しい山だし、まともな道なんてないし、凶暴な獣が襲ってくるし。あんた、私達を殺す気なの!?」
「ええっ!?」
残った三人の一人、黒髪で気の強そうな子……シェリルはそう言って、抗議してきた。
三人ともボロボロで、金髪のロディエルドという子はグシュグシュとべそをかいていて、灰色髪に褐色の肌をしたマルシアという子は無言だったが、ずっと俺をにらんでいた。
「おかしいな。俺が五歳ぐらいの頃からやらされている基礎訓練だから、君らぐらいの年齢なら余裕だと思って……そんなにキツかったか?」
「死ぬかと思ったわ。ほとんどの子達は一往復目の上りの途中で脱落よ。残った連中も次々といなくなって、奇跡的に残ったのは私達だけ」
「そ、そうなのか。いや、参ったな。もっと軽い鍛錬から始めるべきだったか。山登りぐらいでこんな事になるなんて思わなかったよ」
「もっとちゃんと教えなさいよね! それでも先生なの?」
「わ、悪かったよ。鍛錬の方法を考え直そう」
それからもずっとそんな感じで、シェリルは俺のやり方に抗議してきた。
なんて生意気な子なんだと思ったが、おかげで助かりもした。他人に教える術なんて知らなかった俺は、シェリルのおかげで色々と学ぶ事ができた。
同時に、自分が子供の頃からやらされていた訓練が、すさまじく異常なものだったのだと初めて知った。
あのクソジジイ、よくもまあ、あんなめちゃくちゃな修行をさせやがったな。うちの流派が滅びかけてるのも、継承している剣技の鍛錬方法が過酷すぎたからなんじゃないのか?
「重りの付いた木剣で素振りを朝昼晩千回ずつは多すぎたかな?」
「当たり前でしょう! 五〇回ぐらいでロディが倒れちゃったわ!」
「じゃあ、滝に打たれて耐久力を上げるのも、一時間は長すぎたかな?」
「あんな激流に耐えられるわけないじゃないの! ロディが流されちゃったわ」
「それじゃ、裏山にいる魔物を狩ってこいっていうのも難しすぎたかな?」
「鋼鉄の体毛を生やした小山みたいな魔物を倒せなんて無茶苦茶よ! ロディが崖から突き落とされちゃったわ」
本当、勉強になったよなあ。シェリルには「悪魔が考えた地獄の訓練」とか言われたけど、俺は五歳の頃からやらされてたんだよな。
なんのかんのと文句を言いながら、三人は修行に耐えてくれた。
半年が過ぎた頃には、泣き虫だったロディが数々の死闘を潜り抜けてきた戦士みたいな顔付きになってたっけ。
修行を行いながらの共同生活に慣れてくると、俺の生活態度について、教え子達からあれこれと口出しされるようになった。
「ああもう、服を脱ぎっぱなしの散らかしっぱなし。少しは片付けたらどう? あんたの部屋、臭いのよ」
「ほっといてくれ。後で片付けるから。つか、俺の部屋に勝手に入らないでくれよ」
「食材を無駄に使いすぎ。ゴミを出しすぎ。ほんと、適当でいい加減な生活してるわよね」
「……面目ない」
「いくら女性に縁がなくて飢えてるからって、私達の着替えや入浴をのぞいたら殺すわよ?」
「のぞかないよ。それはさすがに自意識過剰なんじゃ……いやごめんなんでもないです……」
……改めて思い出してみると、『シェリル』は本当に生意気な子だったな。
だが、当時から剣の才能はすばらしかった。誰よりも早く基礎の技を完璧に修得してくれてたっけ。
修行開始から一年間、三人のリーダーとして、場の空気をまとめ、へたり込みそうになる仲間二人を励まし、師匠役として不慣れな俺を逆に指導してくれたりした。
気が強くて生意気な子だったが、根は真面目で面倒見のいい子だった。
元は貴族の家柄だったんだが、幼い頃にとある事件に巻き込まれて、家族をみんな失ってしまい、孤児院で生活していた。
天涯孤独の身でありながら、常に気を張っていて、くじけない少女だった。何度勝負を仕掛けても勝てない俺に対し、心の底から悔しそうにしてたっけ。
「あんたなんか、絶対に負かしてやるんだから! 見てなさいよ、このいい加減な非モテの独身男が!」
「非モテも独身も勝負に関係ないだろ……お前さんは、言葉の刃が鋭すぎるな……」
「お前さんとか呼ばないでくれる? ちゃんと名前で……シェリルって呼びなさいよね!」
「あ、ああ。分かったよ、シェリル」
彼女とは、ずっとそんな感じだったな。
修行を終えて別れてから約一〇年、どこでなにをしているのか、気にはなっていたんだが。
まさか、王都で冒険者をしていて、Sランクになっているとは思わなかった。
しかもこんな、とんでもない美少女に成長しているなんてな。月日の経過っていうのは恐ろしいな。
「私、そんなに変わりました? 昔より、かわいくなくなったとか……」
現在のシェリルから不安そうに言われ、ハッとする。
思わず、昔の記憶に浸ってしまった。大切なのは今だよな。過去の事に浸っている場合じゃない。
「いや、そんな事はないよ。シェリルはすごくかわいくなった。正直言って、眩しいぐらいだ」
「はえっ!?」
シェリルは変な声を出して、目を真ん丸にしていた。
数秒の間を置き、首から上へ向かってグングン真っ赤になっていき、やがて頭から、シュポーッと湯気を噴き出していた。
「な、なななな、なにを言ってるんですか!? で、弟子の私にお世辞なんか、やめてください……!」
「いや、お世辞なんかじゃないよ。シェリルは本当に美人さんに成長したなあ。別人だとしか思えないぐらいだよ」
「そ、そんな……私は、昔のままで……師匠の事が大好きな、生意気な弟子のままなのですが……」
シェリルは耳まで真っ赤になり、そんな事を言っていた。
師匠を大好きって、誰の事なんだ? 俺以外にも剣術を教わった師匠がいたのかな。
「俺は嫌われてたからなあ。シェリルに好かれていた師匠ってどんな人なんだ? 弟子に嫌われない方法を教えてほしいぜ」
「……私の師匠は、グランドさんしかいませんけど」
「んん? それって、どういう……」
「知りません」
「?」
シェリルは真っ赤になったまま、俺から顔をそむけていた。
どういう意味だろう? 昔と違って、今のシェリルは、自分の気持ちをハッキリ言ってくれない気がする。
「アホですわね。ツンデレをこじらせすぎですわ」
「師匠にはもっとあからさまな態度じゃねえと伝わらないと思うぜ? がんばれよ、シェリル」
ロディエルドとマルシアから呆れたように言われ、シェリルはむううとうなっていた。
みんな、どうしたんだ? 師匠である俺にも分かるように教えてほしいな。秘密にするなんて寂しいだろ。
「……グランドさんは、馬鹿ですね」
「ええっ? 俺を非難するのは昔のままなのか? ひどいな!」
「ひどいのはあなたです」などと小声で呟かれ、元師匠としては泣きそうになる。
俺のなにがいけないんだ……頼むからもっと分かりやすく教えてくれよな……。
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