第12話 おじさん剣士、家を探す
ずっと人里離れた山奥で一人暮らしをしていた俺だが、世間一般と完全に絶縁状態だったというわけではない。
俺の家系が、過去にあれこれと様々な事件に関わった関係で、それなりに繋がりのある人間もいた。
いくつかの王家や貴族などといった、割と高貴な家柄の人間とも交流があったと聞いている。
そのような繋がりから、王族や貴族などの跡継ぎであるお子様達に、剣術の手ほどきを行った事があった。
過去一〇年ほどの間に、俺が指導したのは二〇人ぐらいだったと思う。指導を志願してきたのはもっと大勢いたのだが、毎回、初日の基礎訓練で大半がやめてしまい、それだけしか残らなかったのだ。
それらはみんな、一〇歳以下のお子様達だった。そこそこ剣の才能があると思われたお子様達に、俺は精一杯、誠意を込めて、『無限覇王剣』の剣技を教えてあげたのだが……。
「グランドさんの指導は……地獄でしたね」
「じ、地獄? そ、そうかな……」
「鬼か悪魔が考えたとしか思えない修行内容でした。少なくとも子供相手に教える内容ではなかったかと」
「そこまで!? ま、まあ確かに、一部の人間から猛抗議されたりはしたけど……」
シェリルに言われ、俺はうなった。
まったく覚えていないのだが、シェリルは俺の指導を受けた事があるらしい。
おかしいな。俺が剣術を教えたのは二〇人ぐらいの子供達だ。全員の顔を覚えているし、その中にシェリルなんて子は……。
……あれ? そう言えば、いたな。シェリルって呼んでいた子がいたぞ。
で、でも、あの子はこんな、すごい美人じゃなかったよな……?
「……」
「あ、あの……そんなに見つめられるとその……こ、困ります……」
頬を染めたシェリルに言われ、慌てて目をそらす。
うーん、しかし、俺の教え子のシェリルって……もっとこう……無駄に気が強くて、うるさい子だったはず……。
少なくとも、こんな落ち着いた感じの美人じゃなかったよな。かわいい子ではあったと思うんだが……。
「……同い年の子に何度負けても『私は負けてないもん!』って言い張ってた、あの子じゃないよな……」
「!?」
「おねしょしたのに、『モンスターが布団に潜り込んできておしっこして逃げていったの!』とか言ってたあの子なわけがないよな……」
「!?」
「『師匠はモテなくてかわいそう。私がお嫁さんになってあげる!』とか言ってやがったあの子じゃないよな……」
「!?」
一〇年ほど前、教え子の一人で「シェリル」と名乗っていた生意気な少女の事を思い出してみる。
目の前にいるシェリルとは全然共通点がないと思うが……同じなのは名前と髪の色ぐらいか?
シェリルは目を丸くして、顔を真っ赤にしていた。
……あれ? どうかしたのか?
「な、なんでそんな恥ずかしい事ばかり覚えて……もしかして、忘れたふりをしてるんじゃ……」
「どうしたんだよ、シェリル。俺は昔、剣術を教えてあげた子の事を思い出してみただけで……君とは別人だよな?」
「……」
シェリルはムッとして、俺から目をそむけていた。
どうしたんだろう。自分の事は覚えていないのに、他の子の事を話したりしたから怒ったのかな?
「……もういいです。それよりも、グランドさんの住居を探しましょうか」
「そ、そうだな。いつまでも宿屋暮らしっていうのも落ち着かないし」
冒険者ギルドを出て、王都を歩く。
さすがに街の中心部近くには住居の空きなんてないだろうが、中心から外れたあたりになら、安い物件があるのかもしれない。
シェリルに案内してもらい、王都の東部へ行ってみる。居住区の大半は東と西にあり、どちらも中心から離れるにつれて治安が悪くなるらしい。
「ここなど、いかがでしょう? そこそこ広いですし、お勧めですよ」
「おおっ……!」
案内されたのは、居住区の一角にある、広い敷地を備えた一軒家だった。
白塗りの美しい建物だ。かなり大きく、どこかの貴族か大手の商人でも住んでいそうな感じだな。
「いや、ちょっと待ってくれ。ここって、かなり高いんじゃないのか? 借家だとしても、家賃はいくらになるのか……」
「家賃は、なんとタダです」
「ええっ!? い、いや、そんなわけないだろ? なんでタダなんだよ」
「それはですね……この家は……私の家だからです」
「!?」
すまし顔でサラリと告げたシェリルに、驚いてしまう。
マジか。まだ若いのに、こんな立派な家に住んでるのか? Sランクの冒険者って儲かるんだな……。
「すごいな。家賃はいくらぐらい払ってるんだ?」
「いえ、家賃とかそういうのは……私の持ち家なので」
「マジで!? 大したもんだな……」
「それより、いかがですか? 部屋は空いていますし、自由に使ってもらっていいんですよ」
「い、いや、そういうわけには……一人暮らしの女の子の家に居候するなんてよくないだろ……」
「居候などではなく、共同生活者という事でどうでしょう? ギルドで得た報酬で食費でも入れてもらえばそれで……」
なんだかすごくいい条件を提示してくれているが、そこまで甘えるわけにはいかないよな。
女の子の家に同居なんてできないというのは当然として、問題なのはそれだけじゃない。
Sランクの冒険者なんて簡単になれるはずがない。その立場に到達するまでには血の滲むような努力と苦労があったはずだ。
この家はそういった努力の末に手に入れられたものに違いない。赤の他人が気軽に住みついたりしちゃ駄目だよな。
「悪いけど、遠慮するよ。俺なんかがシェリルの聖域を汚すような真似をするわけにはいかないし」
「そんな、オーバーな……私は気にしませんのに……」
俺がキッパリと断っておくと、シェリルは残念そうにしていたが、無理に勧めてはこなかった。
「仕方ないですね。それでは、よさそうな物件を探してみましょう」
「悪いね。注文が多くてさ」
そこでシェリルは、人差し指と親指で輪を作るようにしながら口にくわえ、指笛を鳴らした。
ピィイイイイイ、という甲高い音が響き、その数秒後、黒マントの黒装束が音もなく現れた。
例の、ギルド所属の調査員、ミラージュとかいうヤツか。気配を完全に消して現れるから驚いたぜ。
「……なにか用か、シェリル」
「ええ。急ぎの仕事よ」
適当な住居を探してほしいと告げると、ミラージュはフードの奥でため息をついていた。
「なにかと思えば……その男の家探しだと? 私も暇ではないのだが」
「グランドさんはランク制限なしのアンリミテッドに認定されたわ。彼の住居を確保しておく事は、ギルドにとっても利益になると思う」
「アンリミテッドだと? 本当なのか」
シェリルがうなずくと、ミラージュはうなっていた。
「了解した。すぐに調べよう」
「お願いね」
ミラージュは小さくうなずき、音も立てずに姿を消した。
すごい身のこなしだな。あんな真似、俺には無理だ。
冒険者ギルド所属の調査員らしいし、あいつに任せておけば大丈夫なのかな。
「私達も見て回りましょう。意外とよい物件が転がっているかもしれませんよ」
「そうだな。王都の見学ついでにあちこち散策してみるか」
シェリルと共に、王都の東部にある居住区を見て回る事にした。
大きくて立派な家が立ち並ぶ一画からさらに東へ移動すると、家の規模がいくらか小さくなり、一気に庶民的な空気になる。
富裕層が暮らしている区画よりも住みやすそうな感じだな。このあたりに空き家でもあればいいんだが。
居住区の片隅、人気のない通りに入ったところで。
『……無限の剣士、だな? その命、もらい受ける……!』
「!?」
音もなく現れた、黒装束の集団に取り囲まれ、俺とシェリルはギョッとしたのだった。
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