第7話 美しき王国騎士

 王都にある大衆食堂にて。

 謎の人物から声を掛けられ、俺は首をかしげた。


「やっぱり! グランド様ですよね? お久しぶりです!」

「……?」


 それは、金髪ロングヘアの、とても美しい少女だった。なんだかキラキラしている。

 どこかで見たような白と黒の二色で彩られた制服らしきものを着ていて、腰には長剣を差している。

 軍属か、騎士だろうか? この王都で騎士というと、国王直属の……。

 少女は青い瞳で俺を見つめ、不意に首をかしげた。


「あらあらあら。もしかして、私の事をお忘れなのでしょうか?」

「す、すまない。えーと、どこかで会ったかな……」


 こんな美人の顔を忘れるとは思えないんだが、全然見覚えがない。

 誰かと間違えてるんじゃないか? 俺の方は割とよくある顔なんじゃないかと思うし。

 でも、俺の名前を知っているって事は……知人なのか? 俺が忘れているだけで。


「私の名は、ロディエルドですわ。ロディエルド・バーンシュタイン。お忘れですか?」

「うーん、そう言われると……どこかで会ったような……?」


 ロディエルドという少女はガッカリした様子だったが、すぐに気を取り直し、笑顔になっていた。


「もうずいぶんと昔の事ですしね。覚えておられなくとも無理はないですわ。少し寂しいですが」

「す、すまない。なにかヒントをもらえたら思い出せるかも……」


 少女は首を横に振り、「もういいですわ」と呟いていた。なんだか申し訳ないな……。

 俺はあんまり記憶力がいい方じゃないが、こんな美人の顔を忘れるはずが……あれ、つい最近、同じ事があったような?


「ごきげんよう、シェリルさん」

「……こんにちは」


 ロディエルドは、シェリルに声を掛けてから、ニコッと笑って去っていった。

 ため息をついているシェリルに、尋ねてみる。


「今のは? あの子は知り合いなのか?」

「ええ、まあ。ちょっとした顔見知り、といったところでしょうか」


 よく分からないが、二人は知り合いらしい。

 あっちはどこかで見たような制服を着ていたな……あれは確か……。


「彼女は、王国騎士団のメンバーです。それも副団長を務めるほどのトップクラスの騎士です」


 なんだって? マジか、おい。

 王国騎士団といえば、メルガリア王国最強の戦力なのはもちろん、大陸全土にその名を轟かせている、最強クラスの騎士団じゃないか。

 そんな超エリート騎士団の副団長を務めているような騎士様とシェリルは知り合いなのか? すごいな。


「しかし、なんで俺の事を知ってるんだろう? どこかで会ったような口ぶりだったけど……」

「……なぜでしょうね。見当もつきません」


 シェリルはそう言って、俺から目をそらしていた。

 んん? もしかして、なにか知っているのか? なんだかとぼけてるみたいだが。

 まあ、いいか。言いたくないのなら無理に聞き出すのもアレだしな。そのうち教えてくれるかもしれないし。


 その後は軽く酒を飲み、楽しく夕食を済ませた。

 シェリルが結構強めの酒をガバガバ飲んでいて驚いたが……俺だったら酔い潰れているぐらいの量を飲んでもケロッとしていた。

 食堂を出る頃には、外は真っ暗だった。無論、食事代は俺が払った。


「大丈夫か? さすがに飲みすぎなんじゃ……」

「いえ、このぐらい余裕です……えへへへ……」


 見た感じシェリルはそんなに酔ってはいなさそうだったが、やはり飲みすぎたのか、足元がフラフラしていて、言動もおかしかった。


「ふにゅうう……」

「おっと」


 寄り掛かってきたシェリルを受け止め、腰に腕を回して支える。

 やれやれ、困ったお姉ちゃんだな。クール系の美人って感じなのに、こんなに酔っちゃって。なにか嫌な事でもあったのか?


「……グランドさんが悪いんですよ……」

「えっ、俺が? それって、どういう……」

「私の事、忘れてるし。いくらずっと会ってないからって、冷たすぎでしょ……」

「い、いや、ちょっと待ってくれ。シェリルは俺と会った事があるのか? 一体、いつ、どこで……」


 するとシェリルは、横目で俺をジロッとにらみ、非難してきた。


「もー、完全に忘れてるし! 嘘でしょ、信じられない! 私は忘れた事なんかないのにぃ! ひどすぎるぅ!」

「シェ、シェリルさん? もう少し静かに……」


 シェリルが大声を張り上げ、俺は冷や汗をかいた。

 あたりは暗くなってきているが、まだ宵の口だ。通りには通行人が結構いて、俺とシェリルを興味深そうに見ていた。

 ヤバイ、人目がありすぎる。さすがは都会だ。

 酔っ払った美少女に絡まれてる田舎者のオッサンの姿を見て、都会の人達はどういう感想を抱いているんだろう。あんまりいいものじゃないよな。


「なんだあれ、オッサンが若いお姉ちゃんを酔わせてお持ち帰りしようとしてんのか?」

「すごい美人だ。それに比べてなんだあのオッサンは? 釣り合いがとれてないにもほどがあるだろ」

「あれ、『白銀の閃光剣』じゃないか、Sランク冒険者の! 大変だ、王都でも最強クラスの冒険者が、変なオッサンにお持ち帰りされそうになってるぞ!」

「誰かギルドに知らせろ! 王都の警備隊にも通報しないと! 犯罪者を見逃すな!」


 通行人が騒ぎ始め、冷や汗をかく。

 いや待て、そこまで言わなくてもよくないか? 完全に犯罪者扱いかよ。ひどすぎる。

 ここで俺が言い訳をしたところで、誰も信じてくれそうにないな。ならば、逃げるしかない。


「くっ、シェリル、ちょっとごめんよ!」

「はい……?」

「ああっ、オッサンが『白銀の閃光剣』を抱きかかえて逃げたぞ!」

「逃がすな! 性犯罪者をとっ捕まえて縛り首にしろ! 殺せ殺せ!」

「そこまで!? さすがに言いすぎだろ!」


 俺はシェリルを抱きかかえ、その場から逃げ出した。

 殺気立った街の連中が、ワーワー騒ぎながら追い掛けてくる。中には剣や槍を振り回している者までいた。完全に暴徒だな。

 俺は全力疾走して、追手から逃れた。

 田舎育ちをなめるなよ。都会の連中なんかに追い付かれるもんか。


「はあはあ、ここまで来ればさすがに……大丈夫だろ……」


 街中をジグザグに走り回り、どうにか追手を振り切る事に成功した。

 泊まる手続きをしてあった宿屋にたどり着き、自分の部屋に飛び込む。

 額の汗を拭い、乱れた息を整える。えらい目にあったな。


「さて、どうしたものか……問題は山積みだな……」


 ベッドの上で大の字になり、眠りこけているシェリルを見下ろし、俺は頭を抱えたのだった。

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