第6話 報酬

 王都に戻った俺達は、真っ直ぐに冒険者ギルドへ向かい、報告を行った。

 窓口へ行き、シェリルがワイバーンを仕留めた事を告げ、その証であるワイバーンの角を差し出してみせると、受付の女性、ミリアンは目を丸くしていた。


「Aランク以上限定の難しい依頼なのに、半日もしないうちにもう完了なされたのですか? さすがはSランクのシェリルさんですね……」

「……私は何もしていないわ。仕留めたのは、グランドさんよ」

「ええっ!? そ、そうなんですか?」


 信じられないといった顔で見つめてきたミリアンに、俺は苦笑した。

 そりゃびっくりだよな。こんな冴えないオッサンが、いきなり難しい依頼をこなしてきたなんて。普通は信じられないだろう。

 シェリルは当然だとでも言わんばかりの態度で、ミリアンに告げた。


「グランドさんに報酬をお願い。それと、Aランク以上の依頼をこなしたのだからランクの変更もね。とりあえずはAランクかAAランクでいいでしょう」

「も、もちろん、報酬はお支払いしますが、ランクの方は……正式なステータス計測をできていませんし、変更するわけには……」

「なんですって?」


 ミリアンの返答を聞き、シェリルは表情を険しくした。

 全身に闘気がみなぎり、青白い光が彼女を包む。シェリルを中心にして大気が震え、ゴゴゴ……と地鳴りのような音がした。

 うおっ、なんかすごい殺気を放っているぞ? さすがはSランクの冒険者ってところか。

 それなりに大きく頑丈そうな冒険者ギルドの建物を、気配だけで粉々に粉砕してしまいそうなぐらい強烈な闘気をまとっている。

 すごい迫力だ。これがSランク冒険者の闘気……もはや人間の領域を超えてるな。

 このままだとマズイ事になりそうだったので、俺はシェリルの肩を押さえて、彼女をなだめた。


「ま、まあまあ。ギルドにも規則はあるんだろうし、無理を言ったら悪いよ。俺は報酬をもらえればそれでいいから」

「ですが……グランドさんの実力を認めていないようでむかつきます。ギルドの一つぐらい、潰してやりましょうか?」

「よ、よしなさいって! 冒険者が自分の所属してるギルドを潰すとか言っちゃ駄目だろ! その気持ちだけで十分だからさ……」

「……」


 シェリルは納得いかないという顔だったが、俺がおそるおそる背中を撫でてみると、表情を緩めてくれた。

 頬を染めながら、面白くなさそうに呟く。


「グランドさんがそう言われるのでしたら……今日のところは、矛を収めておきます……」

「うん、ありがとう。シェリルはいい子だよな」

「……子供扱いしないでください」


 ムッとしたシェリルににらまれ、冷や汗をかく。

 かわいい反応をするよな。俺よりもかなり若いみたいだから、子供扱いしてしまいそうになったが、まずかったか。

 それにしても、彼女が発した殺気と闘気は、すさまじく強烈なものだった。

 たぶんだが、冗談抜きで、単独でこのギルドを壊滅させられるぐらいの力をシェリルは有しているようだ。

 まだ若いのに、とんでもないな。怒らせないように気を付けないと。


「あ、あの、それでは報酬の二〇〇万Gを……お支払いさせていただきます」


 ミリアンが呟き、革袋を差し出してくる。

 中には金貨がギッシリ詰まっていた。

 二〇〇万G分の金貨か。こんな大金を渡されるのは初めてだ。本当にもらってもいいのか?


「正当な報酬です。お納めください」

「そうか、じゃあ、遠慮なく……シェリルに受け取ってもらって、俺の取り分をいくらか分けてもらうという形でいいのかな?」

「いえ、今回、私はなにもしていませんので。グランドさんが全額受け取ってください」

「ええっ? い、いや、それはさすがに……」


 シェリルのおかげで依頼を受ける事ができたのに、俺だけ報酬を受け取るなんて、よくないよな。

 つか、全額って。俺的には一割でももらえれば上等なぐらいなのに。気前良すぎだろ。

 俺はシェリルに報酬を受け取ってもらおうとしたのだが、彼女は頑として受け取りを拒否していた。


「報酬はいりませんので、その代わり……私のお願いを聞いてもらえませんか?」

「あ、ああ。そんなのでいいのならいくらでも……俺にできる事ならなんでもするよ」

「……なんでも? それは本当ですか?」

「ああ、うん。殺しの依頼とかじゃなければ……」


 俺が冗談のつもりで呟くと、シェリルに「そんなのお願いするわけないでしょう」と真顔で返されてしまった。

 若い彼女にはおじさんの冗談が通じないらしい。世代間の格差ジェネレーションギャップってヤツか?


「そうだ、大金が手に入ったんだし、今から飯でもどうだ? 奢るよ」

「それはいいですね。では、私のお願いはお食事をご一緒させていただく、という事で」

「えっ、そんなのでいいのかい?」

「はい。……とりあえず、今のところは」

「?」


 そういうわけで、シェリルに夕飯を奢る事にした。

 ギルドを出て、食事ができる店を探す。俺は王都に来たのは久しぶりで土地勘もないので、シェリルに任せる事にする。


「では、王都で最も豪華で高い超一流の高級飲食店へご案内しましょう」

「い、いや、それでも構わないけど……もらったばかりの報酬で払える範囲の店にしてくれると助かるかな……」

「ふふ、冗談です。安くて美味しい食堂へ行きましょう」


 シェリルに案内され、街の中心あたりにある、そこそこ大きな大衆食堂に入る。

 夕飯時という事もあって、店内は混んでいた。空いている二人掛けのテーブルを見付け、シェリルと向き合う形で席に着く。


「さすが王都だ。賑わってるなあ」

「そうですね。私は、もっと静かで落ち着いた店の方が好きなのですが」


 俺に合わせて、庶民向けの食堂を選んでくれたらしい。

 ギルドでもそうだったが、よく気が付く子だよな。


「どうかされましたか? 私を見て、ニヤニヤされていたような……」

「い、いや、別に? シェリルさんは、見掛けよりも落ち着いていて、大人なんだな、と思っただけだよ」

「そ、そうですか? それはその、つまり……一人の女性として、見てくれていると……」

「えっ?」

「な、なんでもないです」


 シェリルは頬を染め、目を泳がせていた。

 本当にかわいいよな。きっとモテモテなんだろうし、彼氏とかいるのかな。そういうのを訊いたらセクハラってヤツになるんだっけ? 気を付けないと。


「なにを注文されますか? まずはお酒からでしょうか?」

「いや、俺は酒は……シェリルは飲める歳なのか?」

「はい、一応。お付き合いしますよ」


 ふむ、そうなのか。見た感じ、一七、八ぐらいだと思うが、この国で酒が飲めるのは一八からだったかな?

 俺はそこそこ酒を飲むが、あんまり強くはない。ちょこっと飲んで、軽く酔うぐらいのものだ。

 酔い潰れたりしたら格好悪いし、酒はやめておくのが無難だな。料理だけ注文しようか?


「私はライトエールを。同じでいいですか?」

「そ、そうだな。任せるよ」


 ライトエールって、すごく軽い酒だよな。そのぐらいならいいか。

 シェリルが軽く手を上げると、店員の女性が笑顔で注文を取りに来た。

 メイド服姿の猫耳猫獣人さんだ。さすがは王都の食堂、店員さんのレベルも高そうだな。


「ライトエールをジョッキで二つと、肉料理を……ワイバーンの胸肉のテリヤキがあるの? じゃあ、それを二人前で」


 今日仕留めた、ワイバーンの料理があるらしい。

 俺達が仕留めたヤツではないとは思うが……いや、冒険者が仕留めた獲物を回収する組織もあるらしいので、俺が斬ったワイバーンのボスなのかもしれないな。


 注文を済ませた俺達が料理が来るのを待っていると。

 そこへフラリと現れ、声を掛けてくる者がいた。


「あら? そこにいらっしゃるのは……グランド様ではありませんこと?」

「えっ?」

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