第44話 巨神カップ本戦 夏の終わり
日本球児の夏は忙しい。世間様では夏の甲子園でワイのワイのしてる頃合いだけど、僕たちリトルシニアの選手にとっては夏の本番。巨神カップ本戦の季節になる。出場してくるチームは各地の激戦を潜り抜けた猛者中の猛者たちで3年生にとっては将来に直結する最後のチャンスでもある。ここで良い結果を残してグレードの高い学校に特待生として入学するために、彼らは魂を燃やしてこの大会に臨むのだ。
「いやぁ、大変ですね先輩たち! 僕は世界大会で引く手あまたのモッテモテですからその苦労はわかんないにゃぁ~」
「うっぜぇこのメスネコ」
「写真とれ写真。スポーツ新聞に送ったろうぜ」
「あ、こらお写真禁止ですにゃ! やめ、やめろぉ!」
んで僕はなにをしてるのかというと、聴くも涙語るも涙な事情が。事務所に巨神カップ運営から結構な熱量で依頼があったらしく、巨神カップ応援団長なるものにさせられたんだよね。出場選手なのに。
流石に一参加者に任せる依頼じゃないのではって遠回しに断れないかを尋ねたところ、東京巨神軍からのたってのお願いということでどうやら断ったらいけない類の依頼だと暗に匂わされることになった。あそこの親会社、メディアの元締めみたいなとこだもんね。下手に断ると他の所属タレントにも影響でそうだし、選手としての出場に問題なければ、と条件をつけてもらってオファーを受けた。
そして僕は今、東京巨神軍のマスコットキャラクター、猫耳がかわいいガイアちゃんのコスプレをして各チームに取材という名の偵察をしているのだ。ちなみにさっきからかってやった人たちはハラキリトルの先輩方じゃなくて北海道からはるばるいらした北広島アヴェンジャーズの皆さんです。お世話になった先輩にあんなこという訳ないでしょ?
「そもそも巨神カップの本戦にまでこれたんだから地元の有力校はほぼ射程圏ですにゃ。もっと上を目指すならここで頑張るのは当然。悔しいなら結果で僕をギャフンって言わせて欲しいにゃ」
「正論は、時に人を傷つけるって学校で習わなかったか?」
「僕中一だからわかんにゃい」
ちなみにこの会話は全部カメラで録画しており、巨神カップの公式サイトで放映される予定である。いつものローカルテレビが入る予定だったんだけどなんかキー局がどうとかでモメてるってプロデューサー兼カメラマンさんが言ってたから、この会場内にはまだどこのテレビ局もカメラを持ち込んでない。
今撮影してるのは、マネージャーの有川さんが持ってきてくれたちょっとお高いタイプの手持ちのビデオカメラだ。画質はかなり落ちるけど、まぁ巨神カップのサイトでしか見れない奴だから良いよね!多分!
なぜか出場選手なのにやたらと多忙な感じでスタートした巨神カップだけど、試合の方は割と順調に勝ち進むことが出来ている。実際に試合が始まったら、何故かやたらと客が多いわテレビカメラは入るわで甲子園と間違ったんじゃないかってくらいに会場が騒がしくなっちゃったからね。
リトルシニアの上澄みしかいない大会とはいえ、じゃあテレビ慣れしてるかっていうと流石にそうじゃない。テレビカメラを向けられて大観衆の前でプレイしたことがある人って普通はこの年代には居ないんだよね。今年が例外なだけで。
その点うちのチームはこういった大舞台、というよりはカメラを向けての試合に慣れてるからかなり早めに適応できて、結果として安定した成績で勝ち上がる事が出来ている。対戦相手のチームには、流石にちょっと申し訳ないけど。その分事前の取材ではサービスしたから勘弁してほしい。
「あれ、もうコスプレ止めたんか? 似合ぉてたのにもったいない」
「必要な分は見せたって事だよ。続きはWEBでね」
「はよサイトにあげてーや」
そして同じように勝ち上がってくる所は、僕らのようにカメラを向けられることになれている人たち。つまり、大舞台にも慣れてる人たちって事だ。
当然、上がってくるよね。網走君が所属する大阪の超強豪、勝俣リトルシニアは。
勝俣リトルシニア相手にうちのチームはエース先輩を先発にたてた。センターに僕、ライトにケーちゃんの強肩勢がつきキャッチャーにエース先輩の相棒渡辺先輩がきて、サードにコーちゃん。たぶん今のハラキリトルシニアでは最高の布陣での大一番だ。
そして結果は、5回終了時点で6ー4と2点差をつけられる形になっている。相手先発は同じくエースで選抜の際にも立ちはだかってきた相良さん。まさに陽キャって感じの関西系なお兄さんだが、投げてくる球はえっぐいえっぐい。この人から4点取れたあたりうちの打線も弱くないんだけど、それ以上に相手の。特に網走くんが止められない。
そしてエース先輩は、そんな網走くんにも真っ向勝負にいっている。3年生の自分が1年坊から逃げるわけにはいかない、と。ホームランこそ打たれてないが、すでに3度も長打を浴びていてもまだエース先輩の心は折れてない。
「その心意気には、報いないとね……! というわけで打倒相良さん! ぐわら!」
ガキィン! と大きな音をたてて外野をこえていく。相良さんも僕相手に真っ向勝負を挑んでくるから、この試合は互いのプライドをぶつけあう形になっている。これで6-5。この後につづくコーちゃんケーちゃんが打ってくれれば同点も見えるけど、相手も間違いなくやり返してくるはず。
がっぷり4つに組あっての試合は、見る人も手に汗を握る闘いだ。僕が出場する試合は何故かやたらと笑いが多くなるけど、今日の試合は違う。観客たちは真剣に、固唾をのんで試合の成り行きを見守っている。
そして7回裏。8-8の同点。ランナー1,2塁で迎えた打者網走くんをエース先輩は肩で息をしながらも渾身の直球をコースに決め3振に。けれどもそこで力尽き。次の打者である相良さんにタイムリーを打たれて僕らはベスト4で敗退となった。
相手のランナーがホームに帰った瞬間。試合が終わった瞬間まで、エース先輩はマウンドに立ち続けた。
彼の中学野球が終わるのを、僕はその背中をセンターから見届けた。
夏が終わったのだ。
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