中編

4階:空の教室

扉を開けた瞬間、月島実は思わず息を呑んだ。


教室の中には、生徒が「いる」ように見えた。すべての席に制服姿の人影が座っていた。しかし近づいてみると、それらはマネキンだった。リアルすぎる表情、動き出しそうなほど精巧な造り。全員、正面の黒板を見つめている。


黒板にはチョークで大きくこう書かれていた。


《この中に偽物がいる。見破れ。》


(……全員が偽物じゃないのか?)


だが、月島はすぐに違和感に気づいた。教室の右奥、ひとりだけ——手首の関節が人間のように柔らかく曲がっていた。


恐る恐る、そのマネキンに触れた瞬間、座っていた椅子が倒れ、何かが床に落ちた。


小さな箱だ。


開けると、カードキーとメモが入っていた。


《5階 理科準備室》


月島は冷や汗を拭い、カードキーを握りしめた。誰がこんな仕掛けを作ったのか。どうして自分がこれをやらされているのか。その理由は、まだ見えない。


5階:理科準備室

錠前にカードキーを差し込むと、静かに開錠音が鳴った。

中は薄暗く、理科器具が雑多に並んでいる。中央のテーブルの上に、大きな黒い箱がひとつ置かれていた。


張り紙がある。


《箱の中には「お前の記憶」がある》


月島は警戒しながら蓋を開けた。

中には写真が一枚。


自分が、小さな子供たちと一緒に写っている——教師時代の写真だ。


「……これは……」


彼は、教員だった。事故に遭うまでは。だが、その記憶は曖昧だった。誰が撮ったのか、どこで撮られたのかさえ、思い出せない。


箱の底にもう一枚、紙が貼り付けてあった。


《真実を知りたければ、6階へ》


6階:保健室と…誰かの声

階段を上がると、聞こえた。微かに、女の声が。


(……誰かいるのか?)


音のする方へ進むと、保健室のベッドに古びたカセットテープレコーダーが置かれていた。再生ボタンを押すと、音が流れ始めた。


『……先生、私たちのこと、忘れちゃったんですか……?』


月島は凍りついた。知っている声だった。かつて担任を務めていた、あの生徒の。


だが、あの事故で——


(……いや、思い出せない……!)


『あの屋上で、何があったんですか?』


音はそこで途切れた。


月島の手が震える。屋上。そう、すべての終点。そして、始まりでもある。


この建物には、何かが封じられている。自分の過去だ。


出口ではなく、真相がそこにある。


7階:美術室の罠

7階の美術室に足を踏み入れると、天井から無数の糸が垂れ下がっていた。まるで蜘蛛の巣のように、彼の進路を妨げる。


その中に吊るされたキャンバスには、月島自身の絵が描かれていた。血のような赤い絵の具で、彼の顔に「×」が引かれている。


《思い出すな》


壁にそう書かれていた。


誰かが、記憶を封じようとしている。過去を思い出させないように。


だが、なぜ? 誰が?

月島は糸をかき分け、先へと進んだ。


——もう逃げるわけにはいかない。


次の階段の前に、新たな張り紙が現れる。


《真実は、あと3階上》


彼は深く息を吸い込み、足を踏み出す。8階へ。9階へ。


記憶と謎と罠に満ちた“学校”の果て、屋上に待つものとは——

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