屋上
神町恵
前編
目を覚ましたとき、月島実は床の冷たさに全身を縮めた。
天井は低く、蛍光灯がちらついている。まるで校舎の地下倉庫のような……無機質でいて、どこか懐かしい空気が漂っていた。
「……ここは、どこだ?」
声が反響する。返事はない。鼻をくすぐるのは、埃と塗料のにおい。そして何より静かすぎた。
月島は立ち上がり、周囲を見渡した。狭い空間にはロッカーと古びた机、そして一枚の張り紙が貼られている。
《出口は屋上》
赤い文字で、太く。見る者を急かすように。
「……屋上?」
ここはどう見ても地下。しかも、階段しかないようだ。扉は重く錆びていたが、力を入れると軋みながら開いた。
薄暗い階段の壁にも、また同じ張り紙。
《出口は屋上》
まるで「そこへ行け」と命令するように。実は息を呑み、手すりを握った。
これはただの悪ふざけじゃない。これは——試されている。
1階:昇降口フロア
階段を登りきると、そこは見覚えのある空間だった。下駄箱の並ぶ昇降口。タイル貼りの床。けれど、外の扉には分厚い鉄の柵が降ろされ、びくともしない。
「やっぱり出られないのか……」
掲示板には、またあの赤文字。
《外への出口は封鎖した。屋上に向かえ》
もはや疑う余地はなかった。脱出するには、上へ行くしかない。階段は普通の校舎のように、踊り場を経て上階へと続いている。
だが、不気味なことに……人の気配が一切ない。
机も椅子も、掲示物も、すべてそのままなのに、校舎は抜け殻のようだった。
2階:職員室フロア
月島が次に足を踏み入れたのは、職員室のあるフロアだった。扉にはネームプレート。教員たちの名前らしきものが並んでいるが、どこか偽名のような不自然さがあった。
『墨田』『御子柴』『星影』『九条』——誰だ、こんな名前の教師なんて。
職員室のドアは開いていた。中には長机、椅子、そしてホワイトボード。そこにひとこと。
《進むには「音楽室の鍵」を探せ》
音楽室? 校舎の構造からして、このフロアの奥にあるはずだ。月島は黙って歩く。足音だけが廊下に響く。
案の定、音楽室の扉は施錠されていた。
鍵は——?
職員室に戻り、机の引き出しを探る。数分後、一つの引き出しの裏にガムテープで貼られた小さな鍵を見つけた。
月島はそれを手に、再び音楽室へ。
開いた扉の向こうには、うっすらと埃をかぶった楽器たち。そして、グランドピアノの蓋の上に、封筒がひとつ。
中にはメモ。
《正しい音を鳴らせ。ド・レ・ミ・ファ・ソ》
鍵盤を押す。試しに「ド・レ・ミ・ファ・ソ」と順に鳴らしていくと、部屋の隅からカチリと音がした。
見れば、壁の収納棚が少し開いている。中には階段フロアの鍵と、また張り紙。
《正しい選択をした。次へ進め》
3階:図書室と理科室
次の階も、無人だった。理科室のフラスコにホコリが積もり、図書室の本はすべて「架空の学術書」ばかり。
『逆さ時計の物理学』『記憶の密室』——存在しない本ばかりだ。
だが、月島は図書室のカウンターに気づく。そこにも、やはり一枚の紙。
《屋上まで、あと7階》
「……やっぱり、10階建てか……学校の形をしてるくせに、どこまで続いてるんだ、これ……」
何かが、おかしい。この校舎は、見た目だけ「学校」で、中身はまるで——監獄だ。
誰が、何のためにこんなものを?
なぜ自分は、ここにいる?
すべては謎に包まれている。
だが、はっきりしていることが一つある。
——屋上へ行かなければ、出られない。
月島は再び階段をのぼる。4階へ。その先へ。
そして、静寂の中にうっすらと感じる。誰かの「視線」を。
まるで、どこかで誰かがこの様子を見ているような——
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