記憶をなくした獣人の王子と、人間の少女

うみ*

第1話 プロローグ

― 迷い込んだのは、異世界の森 ―


夜の街は、雨上がりの匂いがまだ少し残っていた。


大学の講義を終えて帰る途中、澪は静かな住宅街を歩いていた。

コンビニの袋を片手に、小さく息をつく。


「……明日レポート出さなきゃだったな」


そんな独り言を呟いた、その時だった。


風が、止んだ。

夜のざわめきが、音を失う。


まるで世界が、一瞬で凍りついたみたいだった。


「……え?」


次の瞬間。


まばゆいほどの白い光が、空から

――否、空間そのものから差し込んできた。


澪の足元に、魔法陣のような紋様が浮かび上がり、空気が弾けるように跳ねる。


身体がふわりと宙に浮く感覚。息も、声も、出ない。


叫ぶ暇すら与えられず、澪の身体は、光の中へと吸い込まれていった。


──そして。


「……っ!?」


まぶたをゆっくり開けると、見知らぬ空があった。


太陽は高く昇り、青空には柔らかく雲が流れている。

地面には草が茂り、木々の葉が風に揺れる音が聞こえる。


そこは、見慣れた街の片隅ではなく

――まるで物語の中でしか見たことがない



“異世界の森”だった。



「……ここ、どこ?」


思わず口にした言葉は、誰にも届かない。


そのとき、彼女が知らなかったのは――


彼女を召喚したはずの“術師”は、今…

別の場所で慌てふためいていたこと。



「ま、まずい……間違えた……!」



――これは


“間違えて召喚されてしまった”澪と


記憶をなくした獣人の青年・ゼンが出会い


お互いの“帰る場所”を探す

静かであたたかな物語。

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