2−4



「んんん〜♡ お団子、おいひぃ〜♡」


 頬を抑えながら私はとろんと瞳を綻ばせる。

 

「ほら、凛様? わたくしのあんみつも如何です?」

「ん〜♡ 欲しぃ〜! ん〜! おいしっ! 美味しぃぃぃ!」

 私の口元まで「あーん」とカカさんが黒蜜たっぷりのあんみつを運んでくれる。これまた、美味しすぎて、さっきから私の頬は内側から崩落を繰り返している。


 そんな私たちを慈しむような瞳で見つめるスーさんは、草餅を手に取った。


「銀之助は、甘味を食べないの?」

 私の問いかけに、銀之助はニカッと笑って、串焼きを見せつけ、

「俺は、こっち専門なんで!」

 と、串焼きをペロリと平らげている。


 私が攫われた事件から一晩が明け、まだ不安は尽きないけれど、それでも私たちは旅を続けていた。

 そして、昨夜の約束通り、茶店へとやってきたわけだ。


 銀之助はいつもの漆黒の忍術着でなく平民の格好をしており、こうして彼の私服の姿を見かけるのはかなり珍しい。

 そういえば、太陽の下でまじまじと見つめる銀之助っていうのも、最近はあまりなかったわね。

 誰よりも頭一つ分以上飛び抜けている長身に、美しい彫刻のような筋肉美の身体。太陽にも負けない蜜柑色の長髪を一本に結い、甘い垂れ目の深緑色の瞳。


 中性的なスーさんの美貌と、圧倒的美女のカカさん、それにお色気ムンムンの銀之助。この三人が揃ってしまうと……うん、そうね、目立つわ。

 これじゃ、全然お忍びにならないじゃない!


 でも、たまにはいいよね。

 と、私は二本目のお団子を口に運んだ。


 その時だった。


「キャァ! 盗人よぉ!」と、茶店の奥から声が上がる。子連れの母親は、赤子を庇うように抱きしめている。その隣で、治安の悪そうな男が女物の巾着を手にしていた。


「どうする? 姫さん?」

「凛様、ぼくが行きます」

「凛様は、わたくしと一緒に──!」


 三人同時に声が上がる。

 私の用心棒は、なかなかにお節介だ。だけど、それは私も同じことなんだけど。


 困っている人がいたら、放っておけないじゃない!!


「銀之助! 店の外に仲間がいるかも! 外を確認して!

 スーさんは、すぐにあの盗人を捕まえて!

 カカさん、私を守りながらでいいから、あの親子を助けてあげて!

 私の目の前で盗みなんて、許さないんだから!!!

 みんな──! 懲らしめちゃって!」


「「「御意──!」」」



 結論から話すわね。

 この三人にかかれば、街の盗人を成敗するなんて朝飯前。

 泥棒は一瞬でお縄になり、親子のもとに巾着が返されて、めでたしめでたし。



 そう、なるはずだったのよ!



***



 何度も頭を下げていた親子に手を振って、私たちは茶店の席へと戻っていった。


「ふふふ。三人揃うと、悪代官成敗も一瞬ね」


 私が小さく笑うと、「悪代官ってほどの連中じゃなかったですがね」と、銀之助がツッコミを入れる。


 気を取り直して、お茶の続きを……と思った時だった。


 私たちに近づく一つの影があった。



「いやぁ! 見事! 見事! あっぱれだ、お嬢さん!」


 パチパチとゆっくりと手を叩きながら、一人の男が私に近づいてきた。

 一瞬で警戒を見せる三人に、私は『大丈夫だから』と小さく合図を送った。


「私のお友達の力です」


「ずいぶんな謙遜だな──!」


 そう言いながら、男は私たちの隣の席へと腰を下ろした。「茶を一つ」と、男は注文を通しながら、私に話を続けていく。


「見事な采配だな、と思った」


「それは、お褒めいただきましてありがとうございます」


 私はゆっくりと頭を下げる。男はまるで私を見透かすように、私の瞳に視線を送り続けた。

 なんだろう。不思議な力のある男だ。

 格好からして、庶民のようだけれど。

 反物の造りはしっかりとしているようだから、もしかしたら商家の家の嫡男、だったりするのだろうか。それにしては、言葉の端端や座り方などに品位のようなものを感じる。


「何だ……?」


 男が、うっすらと笑いながら私に問いかけた。

 しまった。見つめられているからと、私も見つめ返しすぎてしまっただろうか。


「いえ……なんでも。ただ、とても綺麗な深い海のような瞳をお持ちだな、と思いましたので」


 彼の所作から無意識に彼の素性を考えてしまったのは、護身術の一環とはいえ、相手の気を害してしまっただろう。 

 私は咄嗟に、罪悪感からくる褒め言葉を彼へと贈る。

 しかし、彼はスッと瞳を細めて、笑うだけだ。しかし、その微笑みから笑みが薄れていったのを、私は見逃さなかった。


「あぁ、よく言われる」


 面白くない──そんな様子で彼が吐いた呼吸が少しだけ重みを秘めていた。

 どこか、残念がるような口調でそう言って、彼が私から視線を外す。

 彼は相当の美男子だった。すらっと伸びた手足に、高い身長。瞳の色とお揃いで、空と海の色の髪色。彼ほどの面持ちであれば、幾千もの女性から容姿を褒められることはあるのだろう。


「すみません、気に障ったのなら──」


 私は頭を下げながらそう言いかけた時だ。彼が私の言葉を遮った。


「だけど。あんたに言われるのは、悪い気はしない……」


「え……?」


 突然声色を甘く変化させて、彼がぽつりと呟いた。

 下げかけていた視線を、思わず持ち上げる。

 すると、彼がふっと鼻で笑った……ような気がした。よくよく観察していないと気がつかないほどの小さな口角の変化に、私は気がついてしまったから、少しだけムキになって言葉を返す。


「まぁ! 私をからかいましたのね!」


「お? これだけで、オレの心の内を読むとは、さすがはお嬢さんだ」


 彼は運ばれたお茶をぐいっと飲み干すと、勘定を払ってすぐさま席を立った。

 そして、私の前へと立ち直る。


「オレの名前は、瑳希さき。この一帯で情報屋をやっている。見たところ、お嬢さんが旅の一座のようだ。どうだ? オレを仲間に引き込まないか? どうやらオレは、あんたのこともっと知りたいって思っているみたいなんでな」


 それは、思いもしない言葉だった。

 しかし、身分の知れない者を、私の周りに置くことはできない。

 そんな私の答えは決まっている。


「すみませんが──」


「おっと! 断りの言葉は、オレが求めているものじゃないんでね。別にオレは、旅に同行しようってわけじゃぁない。ただ……旅の途中で、こうしてまたあんたとオレが出会うことがあれば……。その時は、オレの情報を買って欲しい。どうだ?」


 瑳希の言葉は、どこか『否』と言わせない気迫がある。

 それに、なんだろう。この男は、掴みどころがないけれど悪い人ではないような気がするのだ。


 だけど、私の返事が変わることはない。


「すみませんが。私、出会いを求めるために旅をしているわけではありませんので──」


 見つめられ続ける彼の視線を、もっと強い意志を持ってして見つめ返す。視線だけで相手に負けてしまっては、七姫としての誇りが泣きますものね。

 それでも、彼は動じることなく押し進めてくる。


「それは困った。オレ、結構良い男だと思うんだけど?」


「あいにく、人は心だと思っておりますので」


「可愛がってやるって言っても?」


「お伝えしたかと思いますが、恋仲をお探しの場合であれば、ご遠慮いたします」


「はは〜ん、これまた高い砦を心に抱えたお嬢さんだな」


 砦、彼に言われた一言に引っ掛かりを覚えた。確かに私は七姫だから、恋愛というものから一番遠いところで生きてきたけれど……。それでも、恋愛なんかしなくたって、私らしく生きているつもりだわ。だからこうして旅に出たんだもの。

 私は少しだけ苛立ちを交えて彼に応える。


「あら? 人は皆、心に砦を抱えておりますのよ? それか、砦をお持ちでない方をお探しになったらいかがかしら?」


 すると、我慢できないと言った様子で彼の肩が震えだす。「クスクス」と笑い声が漏れ出した途端に、それが大きく変化していった。


「はっはっは! あんた、本当に面白いな! 気に入った! 情報が欲しくなったら、いつでもオレを探せばいい!」


「だ! だから、私はあなたとは──!」


「いいや、あんたはいつかオレから情報を買うことになる。旅っていうのはそういうもんだ。そうだろ……?」


 彼が小さく笑った。

 先ほどまでの完璧に計算された微笑みではなくて、それは少しだけ不恰好な笑顔。

 くしゃっと顔に皺をつくった、無邪気な微笑みだった。これが、彼の本当の笑みなのだろうと、私は悟る。

 ほんと、なんだか悪そうな人じゃないのよね。

 

「それでは、また会うことがあれば」


 私はそう言って彼に笑みを送った。彼の微笑みに応えるような笑顔になったからわからないけれど、彼は満足そうな顔を私に投げ返してから、颯爽と店から出ていった。


 あぁ。きっと今ごろ、私の後ろではスーさんとカカさんが、

『また姫様は、おかしな人間にすぐに懐くんだから!』って血相を変えている頃だろう。

 さて、なんて言い訳をしたものだろうか。




 だって、彼、なんだか面白そうだったんだもの……なんて言ったら、怒られるだろうか。





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