第2話

俺の名前はタチカワ・ハヤテ。


趣味、筋トレ。特技、筋トレ。剣道、柔道、空手の有段者で、総合格闘技のプロライセンスも持ってる。


自慢は好きじゃないが、客観的な事実として俺は強い。


生まれてから負けたのは一度だけ。その一度は、12歳の時の親父にだ。


今なら勝てるかもしれないが、残念ながらその機会は永遠に失われた。


飛行機事故に巻き込まれて死んだ俺は、異世界に召喚されてしまったからだ。


「ん」


異世界への門をくぐった俺は、周囲を見渡した。


周囲には数多くの魔法使いたちが、俺に向かって跪いていた。


「これはなんだ?」


静かに周囲を見回した。


一番偉そうな、派手な鎧を纏った人物が俺に近づいてきた。


「ようこそおいでくださいました、異世界よりお越しの勇者様。わたくしは神聖アストリア帝国の皇女、テッサロッテと申しますわ」


テッサロッテ。菓子みたいな名前だな。菓子嫌いの俺としては、自然と避けたくなる名前だ。


だが、今はそんな個人的な感想を口にする時じゃない。俺は彼女の言葉に短く頷いた。


「俺はタチカワ・ハヤテだ。勇者と呼ばれるに足る存在かは知らんが、この世界の戦争を止めに来た」


俺の言葉に、テッサロッテの目が輝いた。周囲の魔法使いたちも期待に満ちた眼差しで俺を見つめている。


「さすがは勇者様ですわ!そのお言葉、実に心強いですわ!どうか我らが帝国を、いえ、このアストリア大陸をお救いくださいませ!」


テッサロッテは感激したように声を張り上げた。


「まずは勇者様のお力を確認するのが手順かと。こちらへどうぞ」


彼女は俺を祭壇の中央へと案内した。そこには透明な水晶玉が置かれていた。


「これは魔力測定用の水晶玉です。手を置いていただければ、勇者様の魔力量を測定できます。この世界では魔力こそが力の尺度。きっと勇者様は途方もない魔力をお持ちのはずです!」


魔法使いの一人が口添えした。


「その通りです!伝説によれば、異世界の勇者は世界を揺るがすほどの魔力を持つと言われております!」


魔力、か。


俺にそんなものがあるはずがない。俺は生涯、筋トレと武術の鍛錬にのみ打ち込んできた。魔力なんて非科学的な力とは無縁だった。だが、女神アルカディアは『どんな方法でも構わない』と言っていた。もし魔力があるならそれを使うし、ないならないで俺のやり方でやればいいだけだ。


俺は特に期待もせず、水晶玉の上に手を置いた。


すると、水晶玉がかすかに光を放ったかと思うと……すぐに何の変化もなく静まり返った。


水晶玉の表面には、何の数字も、何の紋様も浮かび上がらなかった。ただの透明な玉があるだけだった。


「……?」


テッサロッテが首を傾げた。


周囲の魔法使いたちもざわつき始めた。


「何の反応もないではないか?」


「もしや、測定器が故障したのでは……?」


一人の魔法使いが慌てて近づき、水晶玉をあれこれと調べた。


「いえ、皇女殿下!水晶玉は正常に作動しております!こんなはずは……もしや勇者様、もう一度力を集中して……!」


俺は彼の言う通り手に力を込めてみたが、やはり水晶玉は何の反応も示さなかった。


やがて、水晶玉の表面にかすかに文字が浮かび上がった。


【魔力:なし】


その文字を確認した瞬間、場内の空気が冷え切っていくのを感じた。


ついさっきまで期待感で輝いていたテッサロッテの顔が、冷たく強張った。美しい顔立ちだったが、今は氷の彫刻のようだ。


魔法使いたちはもうざわついてはいなかった。代わりに、驚愕と失望、そして軽蔑が入り混じった眼差しで俺を射抜いていた。


「魔力が……ないと?」


テッサロッテが信じられないといった様子で呟いた。彼女の声には、鋭い失望感が滲んでいた。


「そんな……勇者が魔力なしとは、これはいったい……」


年老いた魔法使いの一人が嘆いた。


「皇女殿下、これは神々の欺瞞です!魔力なき者を勇者と称して送り込むなど、我々を愚弄するものですぞ!」


他の魔法使いたちも同調した。


「その通りです!あのような者が、どうやって帝国を救い、大陸の戦乱を止められましょうか!」


「時間の無駄だったな。神聖力を浪費したわ!」


俺は黙って彼らの言葉を聞いていた。予想通りの反応だ。魔法が重要な世界なら、魔力のない勇者は役立たずだと思われるだろう。


テッサロッテはしばらく俺をじっと見つめていたが、やがて冷ややかに口を開いた。


「勇者とお呼びしたことを謝罪いたしますわ、異邦の方。貴方様は、私たちが待ち望んでいた存在ではないようですわね」


彼女の声は冷え冷えとしていた。


「魔力なき者は、この神聖アストリア帝国には何の助けにもなりません。いえ、むしろ混乱を助長するだけでございましょう」


彼女は手振りで扉の方を指し示した。


「衛兵!その者を城の外へ追放なさい。二度とこの城に足を踏み入れさせぬように」


「はっ!」


鎧を纏った兵士二人が俺に近づき、両腕を乱暴に掴もうとした。


俺はその衛兵二人を、彼方へ吹き飛ばした。


ドカッ!


床に叩きつけられた衝撃で気絶した衛兵たち。皇女は呆気に取られたように俺を見つめた。


「今のは一体……」


「柔道だ。俺の故郷の技さ」


「そ、それならやはり勇者様なのですか……?」


「いや、あんたたちが望む勇者ではないみたいだな。俺は俺のやり方でやらせてもらう。喧嘩を止めるのは慣れてるが、簡単なことじゃないってのはよく分かっていたつもりだ。いずれまた会うことになるだろう。タルト皇女」


「テッサロッテですわっ!」


そう言い残し、俺はすぐに王宮の外へと自ら出て行った。異世界の人々の喧嘩を止めるのは、思ったよりも骨が折れそうな仕事だ。


タチカワ・ハヤテ、19歳。趣味、筋トレ。特技、筋トレ。


異世界での初日はこうして、盛大な追放劇で幕を開けた。

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