ラストダンジョンに願いを込めて
赤海月
第1話 ラストダンジョンに向けて
俺は重くなった肩を上下させ呼吸を繰り返す。両手で握った大剣は刀身が見えないほど赤黒く染まっている。赤く巨大な竜の頭に背中をあずけ、息を整える。小さなガッツポーズをしながら手の甲で光る赤い紋章を眺める。
「遂に手に入れた、これでラストダンジョンに挑めるぜ」
ラストダンジョンに挑むには、まず世界に存在する、碧海、白聖、黒蝕、翠樹、赤竜、5つのダンジョンのどれかに挑みボスを倒す必要がある。そして、ラストダンジョンが存在する中央王国セントダインにて20年に1度だけ開催される選定祭で挑戦権を獲得する必要がある。挑戦権を手に入れた5人が扉の前に揃うことでラストダンジョンへと挑戦することができる。
現在は迷宮歴500年だが、誰一人としてラストダンジョンから帰ってきた者はいない。
「すげー人混みだな。さすが20年に1度の祭りだな。」
俺は屋台で買った串焼きを頬張りながら人の合間を縫っていく。しかし、背中に背負った大剣がすれ違う大男に当たってしまう。俺は一言だけ「悪い」と平謝りして通り過ぎていこうとしたが、腕をつかまれ路地裏へと引っ張られていく。
「おい、俺様にぶつかっといてそんなんで許されると思ってんのか?」
「じゃあどうすりゃいいんだ?」
「すべて、置いてけ!有り金と装備すべてな!」
「どこにでもいるんだなこういうチンピラは」
チンピラは大男を中心に3人いる。3人が声を荒げて何かを叫んでいるが俺は右掌を突き出し制止する。
「待て待て、俺が金持ってるように見えるか?それとこの装備は何があっても渡せねえ。ラストダンジョンに挑むために必要だからな」
俺は右手の甲にある紋章を見せつける。するとチンピラたちは腹を抱えて笑い出す。
「無理に決まってんだろ。お前みたいなガキがよ」
大男も右手の甲を見せてくる。
「ここでお前は終わりだからな!」
大男が勢いよく殴り掛かってくる。俺が避けると男の拳は壁を破壊した。
「こりゃとんでもないな」
「わかったろ、おめえみたいな乳くせえガキがラストダンジョンなんかに挑めるわけないだろ」
「お前みたいなただのチンピラじゃ、ラストダンジョンなんか夢のまた夢だと思うぜ」
男は顔を真っ赤にして再び拳を突き出してくる。今度は避けずに腹の中心で受け止める。俺は特に重装備ってわけじゃない、背中に背負った大剣以外はろくな装備をしていない。つまりほとんど生身でこいつの拳を受け止めたわけだ。
「で、どうしたんだ?それで本気か?」
「な、なんだよ。どうなってやがる。」
男は地面に膝をつき、右腕を抑える。
「おめえ、何をした!」
取り巻きが騒ぎ出す。
「なにって、ただ単に鍛え方が違うだけだ」
取り巻きは小剣を取り出し斬りかかってくる。俺はそれも生身で受ける。着ていた洋服は破けたが、チンピラの持っていた剣は真ん中から真っ二つに割れる。チンピラどもが唖然としているうちに路地から逃げ出す。
全く災難だぜ。だが、選定祭のレベルは見えてきたな、これは思っていたよりも楽勝だろうな。
選定祭には5つの紋章のうちどれかを持っていれば参加できる。一見難しそうに思えるが、500年間ずっと5つのダンジョンは攻略されてきた。そのため情報が溢れかえっている。ダンジョンの最奥までの最短ルート、罠の場所、ボスの弱点それらはすべて簡単に手に入る。攻略されつくされてはいるが、なぜか一定時間でボスは復活する。そのボスを倒した者に紋章が与えられる。つまり護衛を雇って最後の一撃さえ食らわせれば、そこら辺の村娘でも紋章を手に入れることができる。
しかし、そんなダンジョンは面白くもなんともない。だから俺はラストダンジョンに挑む。
闘技場の前にいた王国の紋章を付けた女性に右手の紋章を見せる。
「ここで選定祭に参加できるって聞いたんだけど」
「はい、ご参加希望ですね。お名前と血印をここにお願いします」
女性は受付用紙を指さしながらペンと小さな針を渡してくる。俺は軽く礼を言って、アレク=リガードと名前を書き、針を親指に差し名前の横に押し付ける。
「これで、受付は終了です。2日後の正午にこの闘技場へお越しください。もし、既定の時間を過ぎますと途中参加はできませんのでお気を付けください」
俺は女性にもう一度軽く礼を言って、闘技場に背を向ける。
適当に宿を取り、ベッドの上に寝そべり天井を見つめる。
「暇だ。精神統一でもするか」
体を起こし、あぐらをかく。目を瞑り深呼吸を始める。全身の力が抜けていく。暗闇には過去の経験が映し出される。
窓の外から聞こえてくる人々の声や楽器の音で目をゆっくりと開く。どうやら気づかぬうちに丸1日過ごしてしまっていたみたいだ。意識がはっきりしてくると腹の虫が騒いでいることに気づく。
宿の1階で朝食をとりながら聞き耳を立てる。
「遂に選定祭の当日だな。今回はどんな馬鹿どもがいるかな」
「さあな、毎回思うけどまともな奴なんてどうせいないだろ」
「結局、今回もラストダンジョンから帰ってくる奴なんていやしねえよ」
隣の席で60を超えていそうないかついおじさんたちがそんな会話を繰り広げていた。今の今までラストダンジョンから帰ってきた者は一人もいない。そのため情報は何もない。あるのは奥地にたどり着くとなんでも願いを叶えてくれるという誰が流したのかわからない噂のようなものだけである。
だが、俺はそれでいい。この世界で唯一誰も攻略できていない場所なんて燃えてくるじゃないか。
俺は宿を出て、この前の闘技場へやってくる。受付には変わらず無表情な女性が座っている。
「アレク様ですね。こちらをつけて奥でお待ちください」
簡素な首飾りをもらい奥へと進む。
しばらくすると大きな銅鑼の音がして巨大な扉が開く。周りの望みを同じくする者たちとともに歩みを進める。
拡声用の魔道具を持った男が声を荒げながら話し始める。
「さああて、この時がやってきました!20年に1度の祭典!皆さん心の準備はいいですか?ルールは簡単!この闘技場内で最後まで立ってたものが今回のラストダンジョンへの挑戦権を手に入れる!観客の皆さんも準備はよろしいですか?!賭け事はほどほどに。では!開戦!」
男は銅鑼を力のいっぱいにたたいた。
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