第33話 リンネちゃんは前を向きたい。
目を開けると、既に朝になっていた。
リンネちゃんは、俺の左脇あたりでスヤスヤと眠っている。泣いてはいないみたいだ。
……良かった。
世界一可愛い寝顔。
昨日の今日で不謹慎だが、俺はそう思った。
しばらく眺めていると、リンネちゃんも目を開けた。
ぽわーっとした顔で右を見て左を見て。
掛け布団の中をみて。
リンネちゃんは、タコウインナーみたいに真っ赤になった。
おもむろにお腹のあたりをさすさすして、ニコニコすると、リンネちゃんは言った。
「おはよう♡」
それからはギューっと抱きしめて10分くらいいたのだが、そろそろ結衣が突撃してくる気がしたので、ベッドから出ることにした。
すると、リンネちゃんは俺の手首を引き戻した。そして。
「……結人くんのこと、ずっと大好きやよ」
小声だったが、確かにそう言った。
それからしばらくして、時計を見ると、リンネちゃんはモゾモゾと動き出した。
「結人くん、ちょっとあっち向いて」
リンネちゃんはそう言うと、掛け布団を自分に巻きつけた。
俺は全裸のまま掛け布団を奪われたのだが、ここは全裸に甘んじるのがジェントルマンだろう。
すると、シーツについた小さな血の跡が目に入った。
リンネちゃんはそれに気づくと、「見ちゃダメぇ!!」と言って掛け布団で血を隠した。
今度はリンネちゃんも全裸になったのだが、いちいち指摘しないのが紳士だろう。
俺も時計をみると、8時を過ぎていた。
随分と、ゆっくり寝てしまったらしい。
本当はこのハネムーンタイムをもっと味わいたいのだけれど、そういう訳にもいかない。
リンネちゃんはともかく、俺は行動しないと。俺は結衣を呼び出すと、後を任せてリンネちゃんの家を出た。
……玄関先で、俺は頭をさげた。
なぜか分からないが、沢山の思い出をくれた小梅ばあちゃんの家にお礼を言いたくなったのだ。
「……ばあちゃんごめん。1日遅かったね。結局、最後まで、ばあちゃんには嘘をついたままになっちゃったよ」
家に帰ると、父さんが走り回っていた。
喪服を探しているらしい。
「父さん、仕事は?」
「は? 忌引き休暇とったに決まってるだろ!!」
(隣人のおばあちゃんなのに休めたの?)
どういう名目での忌引き休暇なのか気になるところだが、それだけ心配してくれていると言うことだろう。
パシンッ。
俺は自分の両頬を叩いた。
(俺もしっかりしないと!!)
それからは本当にバタバタだった。
葬儀というと、なんていうかもっと、しめやか
なイメージだったが、実働部隊はこんなにも忙しいものらしい。
リンネちゃんには、今のうちに少しでも休んでいてもらいたい。
夕方の少し前に、リンネちゃんのご両親が到着した。予想を遥かに超える美男美女で驚いてしまったが、今はそれどころではない。
「母のこと、色々とありがとうございます」
「いえいえ、この度は……」
父さんたちは手短に挨拶すると、それぞれの持ち場に戻っていった。俺も簡単に挨拶をして、お通夜の受付席に戻った。
(リンネちゃんのお母さん、目が真っ赤だったな)
それからは、近隣のおばあちゃん友達や、仕事をしていた頃の知り合い等が沢山きた。その翌日は、お葬式もして、しめやかに葬儀は終わった。
俺の方はというと、さすがにリンネちゃんとイチャつく気にはなれず、そこから数日はあまり連絡をとらなかった。
まぁ、ご両親との積もる話もあるだろうし、俺がでしゃばるのも何か違うよな。
始業式の日。
リンネちゃんは学校に来なかった。
(まだ、きっとバタバタしてるのだろうな……)
帰りにリンネちゃんの家に寄ったのだが、誰もいなかった。心配になって垣根から中を覗いたが、家具はそのままだった。
(家具もそのままだし。まぁ、大丈夫だろう)
次の日も、リンネちゃんは学校に来なかった。少し心配になって、担任に聞きにいった。すると、思いがけないことを言われた。
「アンダーウッドさん? あぁ。まだ、クラスの皆んなには言ってないがな。転校したぞ」
「え?」
俺は頭の中が真っ白になった。
自分で聞いたくせに、先生の言葉が全然頭に入ってこない。
「おい!! 柏崎っ!! 大丈夫か?」
「あ、はい……」
「なんでもご両親の都合で、急遽、イギリスに戻らないといけなくなったらしいぞ」
「え。でも。家具とかそのままでしたよ?」
「急だったから、業者に頼むんじゃないか?」
「先生、なんで教えてくれなかったんですか?」
「いや、だって。お前ら仲良いし、当然知ってるのかと思ってたんだよ……」
そうだよな。
俺も当然、何かあれば相談してくれるのかと思ってた。
でも、なんで……。
リンネちゃん、ずっと一緒にいたいって言ってくれたじゃん。
なんで。
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