エピローグ


「おはよう、窓崎まどざきさん」

「おはようございます、白影しらかげさん」


 あの日から一週間後、私は窓崎さんと共に、『被害者の会』の部室に来ていた。窓崎さんと私は学年が違うため、集まるとなるとここが一番都合がいいのだ。

 窓崎さんはあの日の翌日から無事に学校に戻ってきた。学校に来ていなかった件については、うまく誤魔化したそうだ。どの道、鈴木すずきみどりのことを話しても、誰も信じてはくれないだろう。


加藤かとうくんと北里きたざとくんは、後から来るって」

「そうですか……でしたら丁度よかったです」

「え?」

「あの、白影さんにご相談があるのですが……」

「な、なに?」


 窓崎さんが私に相談するなんてことが今までなかったので、少し動揺してしまう。


「あの、私……功海こうみさんとまたお付き合いさせて頂きたいと思っているのですが……」

「え? う、うん。北里くんもそのつもりなんじゃないの?」

「その……こういう場合、私からまた告白をした方がよろしいのでしょうか? どうしていいのかわからなくて……」

「……」


 それを私に相談されても困る。というか、私も誰かに告白をした経験はない。いや、よく考えれば加藤くんに告白のようなことを言ったような気がするけど、あの時の私は今の私とはちょっと違うし、ノーカウントということにしてほしい。……いや、加藤くんのことは嫌いじゃないというか、その、むしろ好きというか。


「で、でも、北里くんの方があの時『俺が一緒にいてやる』って言ってたんだから、それでいいんじゃないの?」

「だめです!」

「え、ええ?」


 珍しく強い口調で窓崎さんに怒られてしまった。


「私の方が、功海さんと改めてお付き合いしたいのです! やはりウヤムヤにはできません!」

「じゃ、じゃあ、告白すればいいんじゃない?」

「……ですが、この気持ちをどう言葉にすればわからないのです」「うーん……」


 どう言葉にするか……そんなの私もわからない。


「ですが私は……功海さんのことを必要だと思えたのです。あんなにひどいことをした私を、再び受け入れてくれた功海さんのことが好きなのです。だから……」

「だったら、それでいいんじゃない?」

「え?」

「北里くんも言ってたでしょ? 『お前は誰かの隣にいていいんだ』って。窓崎さんが北里くんのことを必要だと思えるのなら、あなたはもう、自分のことも好きになれると思う」

「そ、そうですか?」

「私も加藤くんに『自分を好きになってくれ』と言われたでしょ? 窓崎さんも、北里くんを好きになれた自分のことを好きになってもいいんじゃない?」

「……」


 窓崎さんは少し考えた後、私にはにかんだ微笑みを向けた。


「……そうですね」


 その微笑みに、もう嫌悪感は抱かない。


「おーっす」

「遅くなってごめん」


 その時、部室の扉が開いて、加藤くんと北里くんが入ってきた。二人とも窓崎さんを見て安堵している。


「おいおい白影サン、窓崎のことイジめてないだろうなあ?」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。ちょっと恋の相談に乗ってただけだよ」

「し、白影さん!」


 焦ったように私に抗議してくる窓崎さんを見て、私も悪戯心が湧いてくる。


「いいじゃない。いずれわかることなんだし」

「で、ですけど! それは私が言いますから!」

「おいおい窓崎、本当に大丈夫か?」


 北里くんが本当に心配し始めたから、これ以上はやめておこう。


「そういえば北里、何か俺たちに言うことがあるって言ってなかったか?」

「ああ、そうだ。昨日、窓崎の中学に問い合わせたんだけどよ……」


 北里くんは真剣な顔をして、少し声を潜ませて言った。


「鈴木みどりが、行方不明になっているらしい」

「え!?」


 加藤くんは驚いていたが、私は少しだけ、そうなるのではないかという予感があった。


「アイツがあのまま引き下がるかどうかわからなかったからよ。本当に復職したのか確かめるために問い合わせたんだよ。そうしたら、アイツは一旦復職はしたそうなんだが、二日前から行方不明になっているらしい。また何か企んでなきゃいいんだが……」

「そうか……」


 皆が言葉を詰まらせる中、別の可能性について考えていた。鈴木みどりは行方不明になっている。だけどそれは自らの意志で行方をくらましたのだろうか?


 本当は、何者かによって行方不明にさせられたのではないだろうか?


 私は彼について一つの可能性を考えていた。鈴木みどりは、誰も必要としていなかった。何もかもどうでもいいと言っていた。だけどそれは……


 誰かを必要としても、どうせ誰も自分を見てくれないという諦観からくるものだったんじゃないか?


 もしそうだとしたら、鈴木みどりも本当は誰かを必要としていたけれども、それが叶わない人間だったとしたら、彼もまた……

 そこまで考えて、それもただの可能性にすぎないと考えるのをやめた。この可能性を皆に言う必要もないし、これはもう終わったことなのだ。


 どちらにしろ、私は鈴木みどりのことを、理解することはできなかった。それだけだ。


「あの、皆さん、よろしいですか?」


 皆が黙っている中、窓崎さんが突如口を開いた。


「私は、これからも『被害者の会』の活動を続けようと思います」

「え?」

「ですが、今までとは活動内容を変えようと思っているのです」

「どういうこと?」

「私は、私たち『被害者』は、自分を好きになれなかった。だから自分を殺してくれる『犯人』を必要としていた。今でもその生き方が間違っていたとは思っていません」

「……」


 それは私も同感だ。死にたい人を無理矢理生かすのは残酷だということはわかっている。


「ですが、もし、殺されること以外で自分を必要としてくれる人がいてくれたら、そして私たちがその手助けをすることができれば、それは『被害者』を助けることになるのではないかと……」


 窓崎さんのその言葉に、私たち三人とも驚いて目を見開いている。彼女が、窓崎深窓が、これほどまでに積極的な発言をしたことがあっただろうか。


「窓崎さん、私もそれがいいと思う」

「白影さん……?」

「私たちは、自分を嫌いなまま生きるのが辛かった。他人に頼りたくても頼れなかった。だけどそんな私たちだからこそ、『被害者』を助けることができるかもしれない。それでも『被害者』が殺されたいと思うのであれば、それはもうどうしようもないけど……」

「……」

「だけど、助けられる可能性があるなら、私は助けたい。あなたもそうでしょ?」

「……はい!」


 窓崎さんが笑顔で返事をする。それに呼応するように、男子二人も私に声をかけた。


「白影さん、俺も……ここにいてもいいかな?」

「仕方ねえなあ、窓崎と白影サンだけじゃ不安だから、俺も入ってやるよ」


 加藤くんと北里くんは、それぞれの反応を見せたけど、志は同じなんだと思う。そう、私たちはやっと、それぞれの障害を乗り越えてここに集まることができたんだ。


「ありがとうございます、皆さん。これからもよろしくお願いします」


 私たちは自分が嫌いだった。誰かに必要とされたかった。だけど本当は、ほんの少し勇気を出して、誰かに頼ればよかったんだ。その証拠として、私は今、こんなにも心強い仲間に恵まれている。

 誰かに頼らないで生きていけるのなら、それに越したことはないのだろう。だけど私はあんなにも弱かった。そして誰かに頼ることを恐れていただけだった。なら私は、同じような境遇の人に教えてあげたい。


『自分を好きになっていいんだよ』と。


 そう、新生『被害者の会』は、今まさに、ここから始まる。



法条大学附属高校被害者の会 完

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法条大学付属高校被害者の会 さらす @umbrellabike

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