異世界TS転生おじさんはモフモフにまみれて暮らしたいけど、邪魔者多め

🐾 2 耐性を鍛えて勇者の肉盾になる未来

　カタリナに金棒でおもいっくそ殴られ、意識を失った私は、フィア・アーシェスの記憶をなぞる、まどろみの旅の中にいた。

　【ルドランジェ】と呼ばれる、この世界のことや、今いる場所、カンノッサ遺跡に建てられた聖教会のこと。他にもフィア・アーシェスが持つ神の加護【全耐性】という、能力（スキル）などの記憶が走馬灯のように私の前を流れていく。

　その中で分かった、この【全耐性】という能力は、とにかく名前の通り、様々な負荷をかけることで各種耐性が成長するという能力のようだ。

　ちなみにやり過ぎると普通に死ぬ。というかさっき、トレーナー役のカタリナのやり過ぎで死んだ。

　そして、この能力を鍛えることで、待ち構える未来とは、ずばり、魔王と戦う勇者の肉盾で、しかも使い捨ての交代要員。

　……なにそれ、あまりの扱いに草生える——

　——と、いったあたりで目が覚め、体を起こした。背後に目線をやると、木箱の上に申し訳程度に敷かれた藁が見える。……そうだ、これが私の寝床だったな。

　鏡がないので正確には分からないが、顔や体は腫れもせず無事なようだ。【全耐性】が成長しているおかげだろうか。

　そして、朝日らしき光が小窓から差し込んでいるところを見るに、一日は経ったのかと考えた辺りで外鍵の扉が開かれ、カタリナが現れた。

◆

　カタリナに連れだされた私は、教会の中庭にある石畳に立たされている。周りにはカタリナ以外に、太った白髪のガス司教と名前の分からない教会騎士が二人。

「それでは神への請願を」

　カタリナが無表情で私に告げる。

　私はその言葉を聞き、請願という拷問内容を思い出してぴくりと肩を震わせた。

「おや？　やりたくないのですか？　シスター・フィア」

　カタリナがくすんだ目で私を覗き込む。

　……石畳に膝をついたまま、朝から最長、昼まで、飲食なしで神への賛辞を呟き続けることを嫌だと思うのは普通だと思うが。

　というか、九歳の女の子をバチバチに殴って、意識を飛ばした翌日に、よくこんなことができるな。

「いえ……シスター・カタリナ。神への信仰が認められるのかが不安で」

　けれども、こう言わなきゃ後で吊るされて、折檻される記憶がはっきりと残っているから、この言葉以外に私が話すものは残念ながらない。

　……ところでさ。昨日、お前らフィアを殺してるんだよ？　頭の中身は大丈夫か？　

　と、危ない危ない。これ以上は顔に出る。

「それでは始めなさい」

「はい」

　ともあれ、神への請願をやらないという選択肢はなく、私はその場で両膝をつき手を組んで、神への願いを呟き出した。

　石畳は硬くて痛いが、死にかけるまで殴られるよりかは遥かにましだ。

「神よ絶対なる神よ、人が求める救いに、輝く御手をお差し伸べください。我が請願、高き、高き御座に——」

　しっかしまあ、九歳なのに滑らかに口が回ること回ること。

　ていうか、お前らさ。こんな小さな子供が、淀みなく儀式（拷問）を遂行して苦行に耐えているのに、何にも気にしてないな。何なのそのつまんなさそうな目は、エグいって。

　おえぇ……ゲロでそう。石の冷たさと無関心で心が痛い。

　どうしよう。体感、一昨日ぐらいの前世が恋しすぎる。こんなことならランダム転生を選んで、俺Tueeeeeで、はしゃぐべきだったのではなかろうか。

　だが、それではモフモフが……というか、モフモフはどこなんだ。私は騙されていないか。

　あー、考えると死にたくなる。けれどそれは後にしよう。今考えると精神が詰む。とにかく早く終わって欲しい。

　【聖印】とやらが出れば終わりの合図みたいだから早く出ろ。頼む。

　【聖印】は、神が願いを聞き入れ加護を強めた証として、小指の爪ぐらいの透明な石を、請願者の近くに現出させる現象のことだとフィアの記憶にある。

　ただその形については、はっきりと見た記憶がないので分からないが。

　とにかく、はよ出ろっ、はよっ！　……出ないなぁ。

　記憶通りの文言を口にしているだけで、気持ちが入ってないからか？

　でも、フィアがどんな思いを持って請願していたかは、いまいち分かっていないんだよな。真剣だったのは覚えているけども。

　とりあえず真剣に、うん？　何に祈ろう……あの柴犬？……こんな場所に送られたのに？　いや、まあ、かわいいから許しちゃうんだけど、いやでも、いるはずのモフモフいないし……でもかわいかったし、あっ、なんか出そう——

「——聖印だっ！」

　私の背後で、コツンと何かが落ちた音がした。

　カタリナの横に控えていたガス司教が、慌てた様子で私の背後へと飛びこみ、うずくまる。

　いち早く聖印を拾うためだ。

「シスター・フィア。本日の請願は完了です。昼からの礼拝に備えなさい」

　私はカタリナの言葉に頷く。

　その横では、ガス司教が握り込んだ手を見つめながら、とても聖職者と思えないような顔で笑っている。

　聖印はとんでもない額で売れるそうだ。聖なる魔法の発動体になるから貴重とかなんとか。

　聖印が出るのが早かったからなのか、記憶よりもご機嫌かつ、悪そうな顔つきだ。

　一方、教会騎士たちは、待っている間に賭け事をして遊べる時間が無くなったことで、やや不満げな様子を見せていた。

　そして、カタリナは無表情。

　えっ……やば。鬼のような搾取と私への無関心アンド道具扱い。氷河期世代の俺じゃなきゃ、受け止めきれずに心が死んじゃうところですけど？

　お前らどうなってんの？　本当に人？　悪魔じゃないの？　それかゴミカス？

「シスター・フィア？」

　おっと、返事をしないと。

『死ねよ。ゴミカス』

「シスター・フィア？」

　……やっべ、派手に間違えた。

　でも漏れた心の声が日本語で助かったぁ……。いかん、返事だ。

「聖印を早く出せて嬉しいですっ」

　声を弾ませて答える。

　フィアは聖女候補としての使命に殉ずることに、疑問を持たないという印象を守らないと、後でカタリナに教育されてしまうからな。

「……食事の後は礼拝です」

　セーフ！　やり過ごせた！

「はい。シスター・カタリナ」

　しかし日本語で良かった。意味が通じてなくて助かったぞ。

「ついてきなさい」

　ひとまずの危機を脱した私はカタリナの後に続いて歩いた。

◆

「耐えるのです。シスター・フィア」

　……さて、あり得ないぐらいに味のしないご飯というか虫っぽい何かと、クズ野菜を煮たスープを昼に食べた後——これまたあり得ないことに、お腹が減り過ぎてなんだか美味しく感じる——私は昼の部の｜儀式拷問に臨んでおり、足元に広がる真っ赤な炭で炙られていた。

　待て待て待て待て。いや待とう。そんな物の上に立たせて耐えろはないと思うんだが？　いや、耐えられているんだけども、それは置いておいてだ。

「神の加護を信じなさい」

　カタリナは相変わらず無表情で、児童虐待をさらりと実施してきやがる。

　礼拝の内容は請願と同じくシンプル。今度は神への賛辞と感謝をひたすら口にするというものだ。

　但し、それを焼けた真っ赤な炭の上で行う。

　いや、バーベキューじゃないんだよな。そんな気軽に人間を炙っちゃだめです。ご存知ない？

　と、炙られながらも、こんなことを考えられる余裕があるのは、神の加護【全耐性】とやらのお陰だ。フィアの記憶によると、もう何度も炙られていて耐性が伸びており、これぐらいならどうにかサウナ感覚で済んでいる。

「限界まで、いえ、限界を超えるのです」

（いや、限界超えたら死ぬの。わかる？　……ちょま！　待て！　炭を足すな！）

　と、言いたいのをぐっと堪えて、神への感謝をひたすらに紡ぐ。

「神よ、どうかこの感謝を」

「聖印が出るまで耐えるのです」

（お前やってみろや、まじで。……だから、炭を足すなって！　サウナ超えてきてるから！）

「勇者が魔王を倒すために聖女が果たす役割を全うするためにもっと加護を強めねばなりません」

　私が拷問を受けている理由をカタリナがのたまうが、無料のインディーズゲームでも、もう少しマシなストーリーだと思います。

　おい！　だから炭を足すな！　お前、一回失敗している、ヘボトレーナーなんだぞ！

「熱耐性も以前より向上している。もっと……もっと各種加護を強めれば、他の候補に勝てる」

　ヘボトレーナー曰く、熱耐性はかなり向上したようだ。以前まではけっこうな火傷をしていたものが、今では無傷なので、まあそれは間違ってはいない。

　物理耐性についても、金棒でしばき回しても翌日には回復と進歩しているし。

　指導効果が出始めたカタリナのやる気はみなぎっているようで、眼鏡が怪しくキラリと光った。

　これは、私への拷問（修行）度合いが加速する予感……どうしよう。また死ぬ未来しか思い浮かばない。

「さあ、耐えるのです。シスター・フィア」

　それからしばらくして聖印が出現し、礼拝を終えた私は、逃走防止のために作られた、教会敷地内にある尖塔、その最上部の自室へと戻った。

　もちろん晩御飯はない。飢餓への耐性をつけるらしい。ふざけんな。

　小窓からはやたらとデカい鳥が悠々と空を飛んでいく様が見える。

　ああ、アレに乗って逃げたい……無理かぁ。

　私はSAN値を守るため、一旦考えるのをやめて、そのまま眠りについた。

　そして、迎えた翌日。

　こんな世界に送り込んだ死神（柴犬）と自分の迂闊さを呪いながら、用があるからとカタリナに連れられた先で——私は運命的な出会いを果たした。

🐾🐾業務日誌🐾🐾

地球担当シバ

お祈り……まあまあいい感じ。プラス10点

拷問かわいそう……プラス3点

加点ボーナス発生。不正アクセス成功により、運命線微改竄。

大好物の前倒し投入承認。

今日のおやつは軟骨からあげでおいしかった。