第22話 深淵の鼓動:光の残響、邂逅の予兆
深淵の心から放たれた光によって、強大な守護者を失った歪んだ空間は、静かに収縮を始めていた。「みらい」は、その余波から安全な距離を保ちつつ、光が消えた深淵の中心部を注視していた。
「艦長。光のエネルギー反応は、完全に消滅しました。歪みも縮小していますが、依然として周辺の時空は不安定です」
ユイの声には、警戒の色が滲んでいる。突然現れた強大な光。それが何だったのか、敵なのか味方なのか、全く予測がつかない。
「あの光は…一体何だったのだろうか。深海の底から、まるで意思を持つかのように現れて…」
遼は、光が放たれた方向、深淵の中心部を見つめながら呟いた。
「艦長。光のエネルギーパターンを再分析した結果、女神の魔力と酷似した成分が含まれていることが判明しました。ただし、より純粋で、凝縮された、強大なエネルギーです」
ユイの分析は、あの光が、女神と何らかの繋がりを持っている可能性を示唆していた。しかし、なぜ女神が、このような形で姿を現したのか、直接的な接触を避けているのか、その理由は依然として謎に包まれている。
「女神が…我々を助けてくれたのか? しかし、なぜ直接…」
遼の疑問は、以前から抱いていたものだった。神の「制約」が、女神の行動を縛っているのだろうか。
「艦長。深淵の中心部、歪みが完全に消滅した地点に、新たなエネルギー反応を感知しました。微弱ですが、何かが存在しているようです」
ユイの報告を受け、「みらい」は、慎重にその地点へと接近を開始した。深海の底には、光が消えた後に残された、静寂と暗闇だけが広がっている。
やがて、「みらい」の高性能ライトが、海底の一点を照らし出した。そこに存在したのは、巨大な、結晶のような構造物だった。それは、光を放った時と同じ、純粋な力を内包しており、ゆっくりと、まるで鼓動するように、光を明滅させている。
「あれが…アビスの心…?」
遼は、その神秘的な光景に、言葉を失った。
「艦長。結晶体から、極めて高い濃度の女神の魔力エネルギーが放出されています。そして…微弱ながら、以前感知した、地球の音響信号の周波数パターンも、再び検出されました」
ユイの報告は、事態をさらに複雑にした。アビスの心と思われる結晶体。女神の魔力。そして、地球の音響信号。これらの要素が、この深海の底で、一体何を意味するのか。
「艦長。結晶体の周辺に、微弱な生命反応を感知しました。極めて小さいですが、何かが存在しています」
ユイの探査能力は、驚くべき精度で、微細な変化を捉えていた。
慎重に接近する「みらい」のライトが、結晶体の陰に隠れるように存在する、小さな影を捉えた。それは、人型のシルエットだった。
「あれは…人…なのか?」
遼は、深海の底で、生きている人間のような存在を発見したことに、強い衝撃を受けた。
「艦長。生命反応は極めて微弱です。長期間、過酷な環境下に置かれていた可能性があります。接近して、状況を確認します」
「みらい」は、ゆっくりと結晶体に近づき、その陰に潜む人影へとライトを向けた。
そこにいたのは、若い女性だった。長い輝きを失った髪は、深海の暗闇に溶け込むように黒く、古めかしい装飾が施されたローブを身につけている。彼女は、意識がないのか、結晶構造に寄りかかるように、静かに座っていた。その顔には、深い悲しみと、長年の苦難の色が刻まれている。
「艦長。女性の生命反応は、極めて微弱です。すぐに救助する必要があります」
ユイの判断は迅速だった。遼は、複合艇を発進させ、女性のもとへと向かった。
深海の寒さと高水圧の中、女性の体はひどく冷え切っていた。遼は、慎重に彼女を抱き上げ、複合艇へと収容した。
「ユイ。すぐに艦内へ戻り、医療ユニットで手当てを行う。最優先で生命維持を!」
「了解いたしました、艦長。複合艇を収容後、直ちに医療ユニットへ搬送します」
「みらい」に戻った女性は、ユイの高度な医療処置によって、徐々に意識を取り戻し始めた。その瞼を開けた時、彼女は、見慣れない艦内の光景と、自分を見下ろす遼の姿に、強い警戒の色を露わにした。
「あなたは…誰…? ここは…どこ…?」
彼女の声は、掠れて、弱々しかったが、その言葉は、このイステリアの言語ではなかった。それは、遼が深海で聞いた、地球の音響信号の中に含まれていた、古代の言葉だったのだ。
「…あなたは…地球の…人ですか…?」
遼は、ゆっくりと 、彼女の言葉に近い昔の響きを持つ言葉で、問いかけた。
女性の目は、驚愕の色に染まった。そして、彼女の唇が、ゆっくりと震えながら、言葉を発した。
「…あなたは…なぜ…その言葉を…?」
深海の底で、光を放つ結晶体。意識を失っていた謎の女性。そして、遠い故郷の古代の言葉。全てが、深淵の心で、奇妙に交錯し始めていた。遼は、この邂逅が、イステリアの海の深淵に隠された、古い記憶を呼び覚ます前触れであることを、予感していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます