訪問者

 気持ちの良い陽はあまり人気の無いホールの茶色い木を照らし出す。


 朝の時間帯だというのに、紙が貼り付けられたクエストボードの前には人は皆無だ。


 ゆったりとした朝の時間が過ぎゆく中で、カウンターの向こうで暇そうに椅子に座りながら、ぐいっと背を逸らし伸びをしている人物が一人。


 その豊満に膨らんだ胸元は、今にもスーツが悲鳴を上げて破けそうに張っていた。


 身体を伸ばしたのちに、肩をこきこきと鳴らす。


 桜色の髪をさらりを舞わせ、とんと頬杖を着いた美女はまるで絵画の構図のようにも見えることだろう。


 その美女は傭兵ギルドの受付嬢、チェリンだ。


 チェリンは退屈そうにホールの中を見回していた。


 桜色の瞳に、待合のテーブルを囲んで腰掛けた二人の美女たちが映る。


 修道服に袖を通し、白銀の長い長髪を背中に垂らしながら優雅に湯気の上がるカップを呷っていた。


 チェリンと同じくクロウの妻であるイリアだ。


 もう一人の美女は透き通るような白髪をツインテールに纏め、シノビの黒い装束を纏いながら静かに黒い背表紙の本を捲っている。


 こちらもチェリンと同じく、クロウの妻であるルナだ。


 二人は向かい合いながら時たま楽しそうに会話を交えていた。


 この二人は依頼を受けていないとき、こうして傭兵ギルドのロビーで寛いでいる事が多かった。


 そんな光景を目にしたチェリンは、ふぅと溜息を漏らす。


「……暇ね。クロウも依頼に出掛けちゃってるし。急ぎの依頼もないし。退屈ね。」


 ぽつりと口に出た独り言に、テーブルを囲んでいた二人が顔を上げた。


 イリアはカップを下ろし、ルナはぱたんと本を閉じる。


「良いではありませんか。此方は暇である事が一番なのですから。怪我人もおらず、平穏であることは尊いことですよ。チェリン。」


「そうですよ、チェリン姐さん。イリア姐さんの言う通りです。偶には落ち着いた日があっても、良いじゃないですか。」


「それはそうだけどね。……クロウも依頼で居ないし。張り合いが無いもの。」


 はぁと再び溜息を漏らすチェリンに、二人は顔を見合わせる。


 そのままじとっとした眼差しで、二人はチェリンを見据えた。


 二人の視線で居心地の悪さを感じたチェリンは、不満げに視線を返す。


「……何よ、アタシに何か文句あんの?」


「チェリン姐さん、それは兄さんが居ないと寂しいということですよね。」


「惚気ですか? 何時もクロウ様の前ではつんつんしたような態度を取っておられるというのに。」


 二人の発言に、チェリンはハッと目を開く。


 かぁぁっと瞬時に頬が紅く染まって、口元をもごもごと動かしだした。


「あ、アタシは別にクロウがい、居なくても寂しくなんてないし……。クロウと結婚したのはアイツはしてくれってどうしても頼み込むから……。してあげたのも稼ぎが良いからだし……。あ、アイツなんてただの腐れ縁だから仕方無く結婚してあげただけだし……。」


 言い訳するチェリンの口調は歯切れが悪く、口ごもるようだった。


 顔を真っ赤に染めたチェリンの態度は、二人にとって火を見るよりも明らかだ。


「チェリン姐さん……意地なんて張らずに兄さんに甘えたいってはっきりと言えば良いじゃないですか。」


「クロウ様はなんでも受け入れてくれるお方ですよ。旦那様に構って欲しいと言うのもごくごく当然の感情です。正直になっては如何ですか? 此方もクロウ様に言いますもの。」


「う、うるさいわね二人とも。あ、アタシは別に……。」


 分かりやすく否定するチェリンに、二人はやれやれと肩を落とす。


 クロウの妻たちは、チェリンがクロウにべったべたに惚れ込んでいることなど周知の事実だからだ。


 夜伽でも自分の番を今か今かと待っているような態度を示すのだ。


 複数の際もクロウにひたすらに甘えたがる上に割と、というかかなり被虐的なチェリンの姿を、他の妻たちも知っているのだから。


 熟れた林檎のようになってしまったチェリンを、二人は微笑ましく見つめている。


 ある意味、傭兵ギルドの日常がそこに拡がっていた。


 そんな時、ガチャリと音を立てて傭兵ギルドの扉が開く。


 急な来訪者に、ルナもイリアも入り口のドアに目を向ける。


 チェリンも慌てたようにドアの方へと視線を飛ばした。


「お邪魔いたしますわ。」


 玉のように透き通った声が、静まり返ったホールに響き渡る。


 そこに立っていたのは、真っ直ぐな目つきでチェリンの方を見据えたカルティアだった。


 カルティアは何時も市中に訪れる際のロングスカートとカーディガン、頭巾を纏っていた。


 普段はレクスに伴って訪れるカルティアの姿に、ルナもイリアも首を捻る。


 チェリンはこほんと咳払いをして、姿勢を正すように椅子に座り直した。


 しかし先ほどまで真っ赤にしていた頬を完全に戻す事は出来なかったようで、少し赤みが残っているようだった。


 カルティアがホールに足を踏み入れると、カルティアの後ろから三人の少女がカルティアと共に足を踏み入れる。


 それぞれ茶色の浴衣を着た美少女、紫を基調としたワンピースを着た美少女、そして黒色でスカートの長いメイド服を着た美少女たちがカルティアの後ろに立った。


 アオイとマリエナ、レインの三人だ。


 アオイは澄ましたような表情をしているが、マリエナとレインは少し緊張気味に、顔を強張らせているようだった。


 こつこつと靴音を鳴らし、カルティアたち四人はチェリンのいるカウンターへと進んでゆく。


 カウンターの前に四人が立つのを確認したチェリンは、何時も通りに声を掛けた。


「いらっしゃい。カルティアに、他の皆も。……何の用かしら?レクスならもう依頼に出ているわよ。多分、暫くは帰って来ないわね。」


「存じ上げておりますわ。レクスさんのことでお邪魔したのではありませんもの。」


「そうなの?……それなら一体、何の用かしら?」


 チェリンの問いかけに、首を振るカルティア。


 その態度にチェリンは何事だろうかと不思議そうに首を傾げた。


 カルティアたちの視線が、チェリンへと集う。


 おもむろに、カルティアが口を開いた。


「お願いがありますわ。……どうか、わたくしたちにダンジョンで戦う術を教えてくださいませ。」

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