対峙する二人

 レクスはグラッパの鍛冶屋から出た後、向かって行ったのは何時も向かう広場の方面だった。


 暑すぎる陽光に汗を拭いつつも、王都の中で手持ち無沙汰になった際のレクスの行き場所は限られている。


 賭場や酒場に用事も無ければ、レクスの思いから娼館街など以ての外。


 じくじくと突き刺す暑さに耐えながら、少しでも涼を求めるレクスが向かう先は、必然的に広場の露店か商店の集まる区画、もしくは傭兵ギルドかハニベアくらいなものだ。


 演劇場なども有るのだが、レクスが行くには少々値段が高すぎる。


 よって、目にも楽しい露店を回る冷やかしでも回るのが、レクスにとっての遊び場になっていた。


 レクスが広場の中に足を踏み入れると、そこは何時ものように老若男女の大盛況。


 石畳を踏みしめる雑踏の音やざわざわと響く話し声、客引きの声に子供のはしゃぎまわる声すらもレクスの耳に響き渡る。


 夏の暑い陽射しが照らす中だというのに、広場では客が退く様子すらない。


 むしろ集まった人たちのむわりとした熱気が気温を上げているようにすら、レクスには思えていた。


(……やっぱいつ来ても活気があるな。よくもまあこんなに人がいるもんだ。アルス村の全人口でもこんないねぇってのに。)


 変わらぬ人混みを前に、レクスは口元を吊り上げて苦笑を浮かべる。


 人々の間を縫うようにその足を踏み出す。


 混雑する人々の肩などに当たらないようにしながら、集団を掻き分けてレクスは露店を巡っていった。


 木材の店や古本を扱う店、彫金師の店は何時も通りに開いており、レクスは店主と一言二言交わしては別の店に移っていく。


 店主たちとも顔見知りなため、ちょっとした会話すらレクスには楽しいのだ。


 お決まりとして商品を勧められるのだが、そういった商品は基本外れはない。


 店主と話しながら店のおすすめも見ていくのも、レクスにとって広場へ行く理由の一つになっていた。


 そうやって店主たちと話を楽しみながら露店を転々としていったレクスは、一件の露店の前で立ち止まる。


 その店はマリエナの万華鏡とアオイの風車を買った店であり、その二つの他にも大和の国の工芸品を多数取り扱っている店だ。


 くるくると景気よく回る色とりどりの風車が目に楽しい店の前では、暇そうに椅子に座り、黒髪を僅かに揺らす男性。


 大和の品で物珍しい品も大変多いのだが、広場の端にあるせいか何故か客は疎らにしか寄らず、難しい顔をしながら厳しい顔で首を傾げている。


「よお……ゲンジのおっちゃん、どうしたんだよ?」


 レクスの声に、ゲンジと呼ばれた男性はくまの深い顔を上げる。


 ゲンジはこの店の店主なのだが、レクスが寄る時は何時も閑古鳥が鳴いている印象だった。


 品も良く、粗悪品なども売っている店ではないのだが、如何せん「大和」という国に興味を示す人間ではないと立ち寄りづらいのもあるだろう。


 ふぅと吐かれたため息には、何処か哀愁さえも感じられた。


「おっちゃんってなんだおっちゃんって。まだ二十代だっつの。」


「そ、そうなのかよ。悪ぃ。」


 気落ちしたように肩を竦めるゲンジに、レクスは慌てたように訂正する。


 事実として、レクスからはどう見ても自身の父親よりも年上にしか見えなかっただけではあるのだが。


 しかしゲンジはと言えば、面白くなさそうにため息を吐くだけだった。


「……客が、来ねえんだよ。大和の工芸品を大量に仕入れたってのに。……これじゃ、商売上がったりだぜ。」


「そうなのか?俺が買ったもんはよく出来てたと思うけどよ。」


「たりめえだろ!どれも大和の職人が端正込めて作った逸品だ。粗悪品なんてあってたまるかってんだよ。俺が直接買い付けに行ったもんだ。……でも、なんで売れねえんだろうな……。」


 ゲンジの態度は本物であり、その言葉には熱が入っていたことはレクスにもありありとわかる程だ。


 そんなゲンジのため息に、レクスは苦笑を浮かべるしかない。


(……ゲンジさん、顔が怖えんだよなぁ……。悪い人じゃあねぇんだろうけど……。)


 ゲンジの目のくまが深く、見た目が怖くて近寄れない人も多いのではないか?とレクスは思っていたからだ。


 事実、興味本位で近づいた人もゲンジの顔を見ただけでその場からそそくさと足早に立ち去ってしまう光景を、レクスは今も目にしていた。


 レクスも初めて見たときは怖い人物なのかとも思っただが、実際話してみるとただのぶっきらぼうな店主というだけだったというゲンジ。


 初見の人が近寄らないのも無理は無いだろうと思える、妙な納得感があった。


 そんなゲンジ座ったままくまの深い目で、レクスを見上げる。


「……レクス、客ならおめーもなんか買ってけ。安くはできねえけどな。」


「……いや、ゲンジさん。俺も特に今これが欲しいってもんもねぇし、ただ見に来ただけなんだけどよ……。」


「はぁ……レクスも冷やかしかよ。ま、いないよりはマシか。……暇だから話相手でも付き合え。」


「ゲンジさん……客にその態度はどうかと思うけどよ……。」


 やさぐれたようなゲンジの無理筋な要求に、レクスが


 目元を下げて苦笑混じりに返した時だった。


 一人の苛立った男の声が、その場に響き渡る。


「上級回復ポーションが一つも無いだって!?どういうことかなぁ!?」


 辺りに響く若い男の声に、その場の全員が注目するのも無理はなかっただろう。


 レクスもその一人だった。


 ゲンジも疑るように目を細めて、声のした方へと目を流す。


 二人の視線の先には、一人の男性と一人の老人が言い争っているようにも見える。


 言い争っているというか、男性が一方的に言いがかりをつけているようにしかレクスには見えないのだが。


 そしてその一方的に言いがかりを喚き散らすその人物に、レクスは見覚えがあった。


(……あいつ、こんなとこで何やってんだ!?)


 レクスの目に映るその人物はレクスのクラスメイト。


 少しパーマのかかった茶髪で人当たりのよさそうな甘いマスクは、口元を下げて目元を吊り上げ、非常に不満げな表情をしているようにレクスは感じた。


 その身なりは赤い貴族然とした服装であるのだが、そのズボンだけは青い生地で目の粗い、レクスにも覚えの無い素材で作られたものを身に纏っている。


 少年とも青年ともつかぬ男性の腰には、豪奢な鞘に収められた剣が下がっていた。


 間違いなくレクスのクラスメイトであり、レクスが苦手とする人物。


 勇者のリュウジ・キガサキが何やら口調を荒げて頬を引き攣らせ、老人を見下ろしていた。


 苛々とした態度を隠せないリュウジに対し、老齢の男性はペコペコと頭を下げている。


 その背には薬瓶が並べられた露店が見えた。


 どうやら、男性は露店の店主らしい。


 頭を下げる男性を不満そうに見つめるリュウジの後ろには、数人の女性の姿も見える。


 リナたちの姿は見えないが、その身に纏った鎧や武器の数々から、冒険者の女性たちだ、と。


 レクスはそう判断した。


 謝り倒す店主だが、気が収まらないのかリュウジが詰め寄り、激しい口調で捲し立てる。


「だいたいさ、先週来た時も上級回復ポーションが無いっていう話だったじゃないか!どうして今週も無いのかなぁ!?今週には作ってるっていう話じゃなかったのかい?」


「すまんかった!だが、そうは言われても無いものは用意が出来ぬ。素材が殆ど入ってこんのだ。勇者殿もわかってくだされ。今はどの薬を扱っている店も、ダンジョンのせいで供給が追いつかんのだ。」


「そんなこと知らないね!僕は勇者だぞ!?王家の客人が無力な人々の代わりに危険極まりないダンジョンを攻略するって言ってるんだ。優先的に用意するべきじゃないのかい!?」


「そ、そんなことを申されましても……。本当に素材が足りぬのだ。あれば売りたいのも山々なのだが……。作っても作ったそばから出ていくのだ。ものが無ければどうしようも……。」


 苛つきを抑え込まず、癇癪のように喚き散らすリュウジの姿。


「なら、取っておけばよかったじゃないか!幾らでもお金は出せるんだから!三下の冒険者たちより、僕を優先すべきじゃないの!?」


「そんなご無体な……。そうは言われても必要な人に行き渡らせるのが薬師の役目で……。」


「言い訳はいいよ。なんで僕のいうことが聞けないかなぁ?」


 店主は怯え竦んだように声を震わせ、ひたすらに頭を下げている。


 そんな高圧的にも見えるリュウジの姿を目にしたレクスは、目元をぴくりと動かす。


 口の端を下げて、眉間に皺を寄せた。


 すると、傍のゲンジがはぁと呆れたようにため息を溢す。


 ちらとレクスが目をやると、ゲンジはつまらないように肩を落とした。


「……先週もああだったぜ。気に食わない事があったんだろうよ。この前もあのじいさん、ずっと頭下げてたぜ。」


「……ゲンジさん、本当かよ。」


 レクスの呟きに、ゲンジはこくんと頭を下げる。


「間違いねえよ。先週もずっとあんなふうに締め詰めしてやがった。……勇者だか何だか知んねえけど、何様のつもりだって思ったもんよ。今やダンジョンが出てからどんだけ経ったと思ってやがる。今準備しても、品があるわけがないだろうによ。」


 ゲンジの呟きに、レクスは再び勇者に頭を下げ続ける店主に目を向ける。


 唇を噛み締め、じっと耐えている店主の一方で、リュウジは不満をたらたらと漏らすばかり。


 後ろの女性冒険者たちも、リュウジに口を挟もうとする様子もない。


 レクスは、見ていて気分の良いものではなかった。


 はぁと仕方なさそうに息を吐くレクスに、ゲンジが目ざとく視線を送る。


「……行くのか?……止めとけ。面倒くさいだけだぞ。」


 ゲンジの忠告に、レクスは首を振る。


「忠告ありがとよ。ゲンジさん。……でも、一応はあれと顔見知りだからよ。……見てるだけだと、胸糞悪いだけになっちまう。そんなのは、俺が御免だ。」


「……そうかい。じゃ、骨くらいは拾ってやるよ。常連客のよしみだ。」


 ゲンジの呟きに一瞬にやりとしたレクスが、顔を正面に向ける。


 そして、リュウジの元へ歩き出そうと脚を進めた。


 その時だった。


 リュウジと店主の間に、一人の女性が割り込んだのだ。


 女性はレクスと同い年ぐらいであろうか。


 服装は質素だが、身なりが良さそうな白いカーディガンと紺のロングスカートを身に着けている。


 被った頭巾から覗くのは、ちらちら輝くプラチナブロンド。


 氷青の瞳は、眼鏡越しにリュウジを睨みつけていた。


「先ほどから黙って聞いていれば……相変わらず聞くに堪えませんわね。」





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