重き天秤の上で
誰かの何かだったもの
第1話「徴税通知が届いた日
朝、郵便受けに赤い封筒が差し込まれていた。
それを見た瞬間、佐久間は喉の奥が引き攣るのを感じた。――徴税庁からの通知だった。
厚手の封筒には、血のような朱色で「国民生活徴税対象判定通知書」と記されている。紙の質感、重さ、にじむような朱印、それらすべてが一つのメッセージを突きつけていた。逃げられない。払えなければ、死ぬしかない。
「またか……」
去年の秋、彼は生活困窮者扱いで納税を猶予されていた。といっても、猶予とは名ばかりだ。監視アプリの導入を義務づけられ、私的支出のすべてを徴税庁が把握している状態。買い物履歴、医療記録、果ては夢の内容すらAIに解析され、課税対象になりうる“精神的贅沢”を排除された。
封を開けると、見慣れた活字が淡々と並ぶ。
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【徴税評価】
対象者:佐久間圭介(42歳・無職)
評価項目:生存による国民負担、過去の福祉利用記録、精神安定度、扶養責任の未履行
評価合計点:285/300
【徴税区分:B-3】
※本評価に基づき、以下の金額の課税を命じる。
生活維持課税額:2,850,000円(12ヶ月分)
納付期限:通知日より10日以内
延滞時措置:生活維持権一時停止、強制徴収執行対象
⸻
笑ってしまうほどの額だった。無職の人間に年間285万円をどうやって払えというのか。国は既に働かざる者を殺す体制を整えたのだ。
佐久間は椅子に腰を下ろすと、手紙を持ったまま天井を見上げた。
「もう、いいかもな……」
そう呟いた瞬間、部屋のインターフォンが鳴った。驚いて体を起こすと、ドアのモニターには黒いスーツに赤い腕章の男が映っていた。
徴税庁の「実動徴収員」――。
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「佐久間圭介さんですね。通知、届きましたか?」
男の口調は丁寧だったが、目は笑っていなかった。赤い腕章には『徴収執行庁』の文字。
「……まだ、十日あるはずです」
「ええ。ただ、あなたの場合、再評価により“自発納付意思低下”が確認されまして。早期介入対象と判断されました。少々、お時間をいただけますか?」
言葉の選び方は柔らかい。しかし、断れば即日拘束されることは、前例が示していた。
佐久間は無言で頷き、玄関のドアを開けた。
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男はテーブルに資料を広げ、淡々と語った。
「あなたの生活は、国民全体の負担となっています。これまでの福祉利用履歴、労働実績、納税貢献度を総合評価した結果、“存在価値の希薄化”が指摘されています」
存在価値の希薄化。人間として、いてもいなくても変わらない。そういう判定だった。
「あなたがこのまま無納付状態を続ける場合、生活維持権は取り消され、強制収容所への移送対象となります。あるいは、“自己処分”も選択肢として提示されております」
佐久間は震える手で、その自己処分の選択肢を見た。服毒、首吊り、自殺幇助装置の貸与申請。人間が自ら納税不能を告白した場合、国家は死を「合理的終息」として扱う。
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「あなたにはまだ、選べる自由があります」
男の声は、そう締めくくった。
自由――それは死か、労働か。
その夜、佐久間はベランダに出て、近くの団地の屋上を見上げた。かつて、あそこから飛び降りた者がいた。徴税通知を受け取った老人だった。
翌朝、佐久間はノートパソコンを開き、アングラサイトにアクセスした。「臓器納税仲介業者」と呼ばれる非合法ブローカーに連絡を取るためだった。
⸻
そこには、いくつかの選択肢が提示されていた。
• 左腎臓:市場価格 120万円
• 右肺葉(1/3):価格変動制
• 角膜:1組で約50万円
• 精巣(1個):取引停止中
• 最終オプション:「魂」取引価格 応相談
最後の一文を見て、佐久間は一瞬、指が止まった。「魂」とは何か。その意味を聞こうとしたとき、画面が一瞬だけ揺れ、赤い文字が浮かび上がった。
“お前にはまだ、取られていないものがある”
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