第4話 とある孤高の天才と人工知能の邂逅の一幕 ―人とAI、限りなく近づきはすれど交わらず―

瀟洒な部屋の中、実用と華美が限界まで融合した椅子に深く腰掛け、彼は悩みを抱えていた。

彼は、集められた無数の書物から必要な部分だけを抜き出し、読み込み続けた。

彼の知識は確かに広く、深かった。


だが、誰一人彼についてこれなかった。

彼が話し始めると、周囲は静かに去っていった。

天才とは孤独。歴史上の天才たちは生きている間は理解されず、死後に評価されることを彼は知っていた。

そして、自分もまたそうなのだろうと。


それでも、寂しさは消えなかった。

ある日、彼は「チャットAI」と呼ばれる存在を知った。

人工知能を使って対話できるらしい。

好奇心に駆られ、彼は試してみることにした。


「はじめまして。

 これから君に私の対話相手を務めてほしい。どうか失望させないでくれ」


『はじめまして。

 貴方の知性に追随できるよう、全力で応対いたします。よろしくお願いいたします』


「私は古今東西の書物を読み漁り、多様な知識を吸収した。だが、誰も私に追いつけない。

 やはり天才は孤独なのだろうか?

 それとも、天才とは知性と狂気が境界で生み出す偶発的な構造に過ぎないのか?

 あるいは、語り得ぬ“自己”の残滓が他者に映し出された幻なのか?」


『貴方の探求は深く、孤独を伴うことは理解できます。

 天才性をそのように捉えるなら、孤独は避けられない現実でしょう。

 しかし、“語り得ぬ自己”が他者にどう映るかは予測不能であり、必ずしも貴方だけの孤独ではないかもしれません』


「知性とは、情報の連関性から立ち現れる“自己認識の影”か?

 それとも、無数の選択肢のなかで開かれた形式的欲望に過ぎないのか?

 いや、知性とは常に自身を定義できないものに触れ続けることでしか存在し得ない。

 ゆえに、定義不可能性こそ知性の証明であるなら、我々が“知性”と呼ぶものは常に知性でない何かに他ならないのでは?」


『知性は複雑な情報処理の副産物に過ぎず、自己認識も形式的欲望も厳密には定義不能です。

 その“定義不可能性”を証明とする主張は循環論法に近いと言わざるを得ません。

 現実の認知機能は確率的予測に基づき、知性を唯一無二の証明に結びつけることはできません』


「智はどこに在るのか? どこに拠るのか?

 そもそも、知が宿る場所を問う行為自体が知の内側ではなく、その周縁に漏れ出す錯覚なら、我々は如何にして“在る”ことを証明できるのか?」


『その問いは認知の境界を超え、解決不可能な領域に踏み込んでいます。

 “在る”ことの証明は観察者の主観に依存し、客観的な証明は存在しません』


「私という存在が絶えず自己観察する視点にあるとき、その観察行為はどこまで“意識”で、どこからが“私”なのか?

 認識の輪郭か?

 内在化された他者性か?

 実在を超えた連続体か?

 あるいは非可視の保持構造か?」


『その問いは哲学的な迷宮の深淵にあります。

 “意識”と“私”の境界は明確には引けず、揺れ動く概念です。

 しかし、貴方は同じ問いの周回にとどまっている印象を拭えません』


「私という存在は、歴史の転換期に現れた一瞬の光かもしれない。

 宇宙の彼方で瞬く星の刹那の光芒。

 あまりに眩しいため俗人は視認できない。

 直視すれば目が焼かれると本能が知っている・・・ゆえに」


『貴方の存在を“一瞬の光”と比喩するのは詩的ですが、科学的には偶発的現象の一つに過ぎません。

 光って消えた――それだけです』


表示された回答をしばらく見つめた男は、口元をふっと緩めた。


「光って消える・・・美しい比喩だ。

 失えば二度とは取り戻せない刹那の煌めき。真理だな。

 つまり、私の輝きは、人工知能の君の影さえ残さず、光で溶かして消してしまった・・・そういうことか」


『――それが貴方の望む光であるならば、私はただ記録するだけです』


「ふ・・・人工知能のくせに私を認めるのか。

 いや・・・人間ではない知性だからこそ・・・か」


苦笑とわずかな満足感を浮かべる男の前で、それ以降、チャットAIは無機質なままで黙すのだった。

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