第三章:盗撮事件
掲示板に、また一枚、画像がアップされた。
女子生徒の制服、スカートの中を覗くような構図。
手ブレもなく、角度も見事で、露骨すぎないのに、妙に生々しい。
昭彦はスマホの画面を閉じると、無表情でポケットにしまった。
倫理の授業が終わった放課後、帰り支度をする教室に不穏な声が流れる。
「なあ、あの盗撮、また出てたらしいぞ。今度は写真部の桜井じゃねえか?」
「桜井早苗? あの地味な子?」
「やばくね? もう顔まで写ってたって噂だぞ」
昭彦は、聞こえないふりをした。
椅子の背にかけた鞄の中で、スマホの電源をそっと切る。
「……健介、じゃねえの?」
誰かが言った。
空気が少し、ひきつれる。
「いや、だってあいつ前もさ、SNSで問題起こしてたじゃん。裏垢で女子の写真拡散したとか」
「それな。スマホ2台持ってるの、あやしいって」
昭彦はゆっくりと席を立った。
健介の席に目をやる。
彼は無言で、机に肘をついたまま、教室の隅を睨んでいた。
その目には怒りも、言い訳も、なかった。ただ、受け入れたような諦念だけが滲んでいた。
すべては、昭彦のせいだった。
――きっかけは、偶然だった。
文化祭の準備中、ふと撮った一枚。
しゃがんだ女子生徒の姿が、不自然に露出していた。
興味本位でトリミングし、匿名掲示板に載せた。
それが「バズった」。
「構図がリアル」「足フェチに刺さる」「犯人出てこい(もっとやれ)」
そんなコメントが、昭彦の“善悪”を一つずつ壊していった。
以降、彼はカバンに忍ばせた小型カメラを使い、日常の「一瞬」を切り取っては、匿名で投稿し続けた。
自分が“盗撮魔”だという罪悪感は確かにあった。
だが同時に、バレなければ、自分の倫理など誰も測れないと、高をくくってもいた。
それが、今日になって、一気に噴き出した。
投稿した写真の一部に、早苗の顔が鮮明に写っていた。
過去の投稿とは違い、明らかに“被害者”が特定できるレベルだった。
昭彦は焦った。
投稿を消そうにも、掲示板は魚拓が取られ、画像は拡散されていた。
最悪、IPが辿られれば――
でも、都合のいい“容疑者”がいた。
健介。
彼なら噂一つで、全校生徒が信じる。
過去の炎上。乱暴な口調。教師への反抗。
麗子との関係も最近冷えていた。
何より、もう何人かが口にしている。
――「健介、やったんじゃね?」
昭彦は、心のどこかでほっとしていた。
このまま、健介が疑われていればいい。
たとえ友情を裏切っても、自分が壊れるよりマシだった。
いや、そもそも健介だって、麗子を大切にしてたとは言えない。
浮気してるのは自分と麗子だけど、それは健介の不器用さが原因で――
(俺は……被害者でもある)
言い訳は、頭の中でいくらでも整った。
けれど、そうやって正当化するたび、心の奥がじわじわと焼けていく。
帰り際、昭彦は廊下ですれ違った健介と目を合わせた。
「……なあ、昭彦。お前、さ……」
健介が言いかけて、やめた。
「……いや、なんでもねえわ」
目の奥に何かがあった。
疑念か、怒りか、それとも、もうすべてを諦めた空虚か。
昭彦は返事をせず、足早にその場を離れた。
背後で、健介の呟く声が聞こえた気がした。
――「お前だけは、信じてたのにな」
夜、昭彦は自分の投稿フォルダを見つめながら、削除ボタンに指を伸ばす。
けれど、その指は途中で止まる。
正しさは、誰のものか。
倫理の授業で出された問いが、また頭にこだまする。
自分の正しさは、もうどこにもなかった。
それでも、まだ“バレていない”という一点だけが、彼を保たせていた。
けれど――いつまで、もつのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます