ひとひらのことば
高島 蓮
記憶を継ぐ者
祖父が亡くなったのは、六月の終わりだった。
梅雨明けを待たずに訪れた訃報に、家族はどこか準備不足のまま通夜と葬儀を終えた。
七日後、遺品整理のために祖父の家を訪れた。
わたしはそこで、一冊の古びた手帳を見つけた。革張りの表紙はひび割れ、角は擦り切れていた。
ページをめくると、几帳面な字で日付が並んでいた。
けれど、違和感があった。
日付が、未来だった。
最初のページには、「令和十年八月一日」と記されていた。
わたしが手帳を開いたこの日から、三年も先の日付だ。
中身は日記のようでいて、どこか予定表にも似ていた。
「孫が大学を辞めると告げてくる。驚くが、止めはしない」
「近所の犬が吠える。今日も雨」
「隣家の奥さんが倒れる。救急車は七分遅れた」
最初は、作り話かと思った。
祖父は昔から話好きで、冗談めかして「未来が見える」と言っていた。
その延長線上の創作だろうと、わたしは笑って読み進めた。
だが──
「二〇二三年七月一日。孫が、手帳を見つける」
……背筋が冷たくなった。
今日の日付と一致していた。
しかもその次の行には、こう書かれていた。
「読むだろう。驚くだろう。だが、すぐに“受け入れる”」
思わず手帳を閉じた。
部屋の空気が少しだけ重くなった気がした。
その日、手帳は鞄にしまって持ち帰った。
その後も何度か読み返したが、文章はどれも不思議なほど、出来事を正確に言い当てていた。
もちろん、確認できる範囲でしかない。
未来の出来事を事前に知ることなど、本来はできるはずがない。
だが、ふとした瞬間に“あ、これ知ってる”と思ってしまうことがある。
駅のホームで男がぶつかってきたとき。
部屋の電球が切れたとき。
風の強い夜に、誰かの名前が聞こえた気がしたとき。
そして、ある日。
手帳の最後のページを、気まぐれに開いた。
「終わりが近づく。あとは、引き継がれるだけ」
それが祖父の最後の言葉だった。
わたしは今、新しい手帳を買った。
まだ何も書いていない。
ただ、わかっていることがひとつある。
次にこの手帳を開くのは、“わたしではない誰か”だ。
(了)
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