第57話 彼は、全ての夢を叶えてくれる
その夜、舞踏会が盛大に開催された。そして私は疲れきった体に鞭を打ち、舞踏会に参加する。
アンドレ様の腕に掴まり、アンドレ様とともに歩く。今までと何も変わらない関係だが、今までよりもずっと安心している。そして、今までよりもずっとアンドレ様が大好きだ。
アンドレ様の前世が慎司だと分かったから、その気持ちの大きさを知ったから、迷うことは何もない。私はこうして、ずっとアンドレ様の隣にいる。
「皆のもの、この国の平和を祈り、乾杯」
国王陛下の声と共に、乾杯の音が鳴り響く。そして、ホールには音楽が流れ始める。ドレスとタキシードを纏った男女が手を組み、一斉に踊り始める。
「リア、無理はしなくてもいい。
俺はこうして、ここにいるだけで十分だ」
気を遣うアンドレ様に、満面の笑みで返す。
「いえ、将軍が踊らないわけにはいかないでしょう。
私だってずっと練習したのですから」
口調はいつも通りだ。だが、アンドレ様が慎司だと分かると、途端に打ち解けてしまった。今までは将軍だから夫だからと、心のどこかで気を遣っていた。だが、もう昔のような関係に戻っている。
「もし私が、アンドレ様に恥をかかせるようなダンスを踊ったら、大急ぎで連れて帰ってください」
「俺は今すぐにでも連れて帰りたいんだが」
笑いながら踊る私たちを、多くの人々が驚いたように見ていた。そして、『ずっと連れ添った夫婦みたい』だとか『相思相愛』だとか噂していたことを、私たちが知るはずもない。私は足の痛みも忘れて、アンドレ様にしがみついてずっと踊っていた。
そして……人々がダンスに疲れ、踊る人がいなくなった頃、ようやく私のリサイタルが始まる。
いつの間にか中央に出されたグランドピアノに近付くと、拍手喝采が起こる。私のピアノの噂はどんどん広がり、どうやら有名な音楽家となってしまったようだった。
一礼した私は、ふと前を見る。前列にはアンドレ様が座っていて、緊張した面持ちで私を見ている。それで、前世を思い出した。音大の卒業リサイタルの時も、慎司は前列で演奏を聴いてくれた。その時の慎司は、私よりも緊張していたかもしれない。それで私は慎司の緊張を和らげるため、手を下に下げたまま小さくピースサインを作ったの。
私はアンドレ様を見て、下げている手で微かにピースサインを作る。するとアンドレ様は顔を真っ赤にして下を向く。
(こういうところ、変わっていないですね)
私は気を取り直してピアノの椅子に座り、深呼吸して手を鍵盤に置く。そして、あの頃のようにピアノの世界へと入り込んでいった。
前世の私の夢は、ピアニストだった。前世ではピアニストになることは出来なかったが、今世ではアンドレ様が叶えてくれた。私はいつの間にか偉大な音楽家となっており、今日だって私の演奏目当てに集まった人だっているようだ。
練習に練習を重ねた曲を披露する。毎日の練習が身を結んだのか、仕上がりは上々だ。魂を込めてピアノを弾いているため、何度も意識が遠くなりかけた。だが、必死に最後まで弾き切った。
長時間だがあっという間のリサイタルを終えると、盛大な拍手をいただいた。人々は立ち上がり、延々と拍手を続ける。なかには、ハンカチを目に当てている人さえいる。
そして、いつの間にか目の前には大きな花束を持ったアンドレ様が立っており、そっとその花束を渡された。
「あ、ありがとうございます!」
満面の笑みで受け取ると、満面の笑みを返してくれるアンドレ様。
こうして、私のリサイタルも大盛況で幕を下ろしたのだった。
こうして、長い一日がようやく終わろうとしていた。人生で一番長くて濃い一日だった。この一日で、アンドレ様と私の関係は変わってしまった。私たちの間に隠し事はなくなり、ようやく本当の夫婦となることが出来たのだ。
「それにしても、綺麗なお花ですね」
館へ戻ると私はいただいた花束を花瓶に生ける。華やかな花のおかげで、室内がぐっと明るくなる。アンドレ様は私の隣に立ち、甘い声で囁く。
「花よりも、君のほうが綺麗だ」
かあーっと顔が熱くなると同時に、恥ずかしくもなる。
「慎司はそんなこと言いません」
苦し紛れに吐いた私に手を回し、頬に唇を付けながらアンドレ様は囁いた。
「俺は慎司ではないから……だから前世出来なかった分、全力で君に愛を伝えるから」
「も、もうッ!何言っているんですか!? 」
真っ赤な私と、同じように真っ赤なアンドレ様。私たちは顔を見合わせてまた笑い、唇を重ねた。
満身創痍だ。疲れ切って体が悲鳴を上げている。だが、今夜はまだまだ眠れないのだろう。
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