第56話 私の早とちり

 それから私は、アンドレ様とたくさん話をした。今までの出来事を、全て話すほどに。


 アンドレ様は、前世で香織が死んだあと、いかに悲しい日々を過ごしたのかとつらつら語った。慎司は予想以上に私の私を自分のせいだと受け止め、あの能天気な性格はすっかり影を潜めてしまったらしい。そしてその記憶を持ちながらこの世界に生まれ、さらに塞ぎ込んでしまったようだった。アンドレ様を冷酷将軍にしたのは、やはり私だったのだ。


 だから私は必死で弁明をした。香織が死んだのは、自殺ではなく事故だったと。だがその度に、アンドレ様は怪訝な顔をするのであった。


 (まだ信じてくださらないのですね)


 だが、私たちに残された時間はたっぷりある。少しずつ分かってもらおうと思うことにした。






 しばらくすると、式典も終わったようだ。広場のほうが騒がしくなり、人々がこちらへ歩いてくる。その先頭には白いドレスを着たマリアンネ殿下が見える。


 マリアンネ殿下を見ても、もう胸も痛まなかった。私がマリアンネ殿下の足元にも及ばないことに変わりはないが、アンドレ様の態度や話が私を安心させたのだ。


「あ、アンドレ」


 マリアンネ殿下は、アンドレ様を見るなり小走りで駆け寄る。そして、少し頬を膨らませた。


「もう、こんなところで油売らないのよ」


 アンドレ様は立ち上がり、少し額を垂れる。


「申し訳ございません、殿下」


 いつも通りの対応。人々が知る、いつも通りのアンドレ様の対応だ。だが、こんな関係でないことを、私は知っている。


「リアさんの誘拐に関わった人物は、今は牢に閉じ込めてあるわ。

 彼女は本国で罪を起こしたため、国の規則に従って裁判が開かれるわ。

 あなたたちは彼女をどうして欲しい?」


 マリアンネ殿下の質問に、アンドレ様はすぐに答えた。


「大切なリアを苦しめたのだから、極刑を望みます」


「リアさんは? 」


 マリアンネ殿下は、口角を上げて私を見る。


 (極刑だなんて……)


 いくら何でもそこまでは望んでいない。だが、もう二度と関わりたくないのも事実だ。テレーゼ様にも、パトリック様にも。


「私は……私たちの生活が脅かされなければ、それでいいです」


 ぽつりと告げた。すると、マリアンネ殿下は満足そうに笑った。


「分かったわ。それじゃああとは、私たちに任せて。

 きっと、あなたたちが納得する処罰を受けてもらうわ」




 マリアンネ殿下はそのまましばらくアンドレ様と私を交互に見る。なんだか見透かされそうなその視線に、たじろいでしまう。そして殿下は、おもむろにアンドレ様に聞いた。


「……で。アンドレを見る限り、今までで一番幸せそうな顔をしているわ。

 ちゃんと話せたの? 」


 (……え? )


 ぽかーんとなるのも束の間、アンドレ様はまっすぐマリアンネ殿下を見つめて頷く。


「ああ」


 すると、マリアンネ殿下はその綺麗な顔に満面の笑みを浮かべた。


「そう、良かったわね。

 あなたの従姉弟として、旧友として、あなたをずっと応援していたもの」


 予想外のその言葉に、


「旧友!? 」


思わず声を上げてしまう。


 (従姉弟だということもすっかり忘れていましたが、……旧友!? )


「私はてっきり、マリアンネ殿下がアンドレ様を好きなのだとばかり思っていました」


 思わず言ってしまった私を見て、マリアンネ殿下は大人っぽい笑みを浮かべて答えた。


「好き? ……いやよ、こんなデリカシーのなくて、暑苦しくて馴れ馴れしい男なんて」


 (ちょっと待ってください。

 それ、全てアンドレ様に当てはまらないのですが)


 戸惑う私の隣で、不機嫌そうにアンドレ様も言う。


「俺だって嫌だ、男と付き合うなど」


 その瞬間、


「男!?? 」


私は大声を上げ、そして口を塞いでいた。


 (ま、マリアンネ殿下って、男だったのですか!?

 ま、まさかついているのですか!? )


 胸や下腹部を見る挙動不審な私を見て、マリアンネ殿下は苦笑いしている。


「嫌ね、今世ではちゃんと女よ」


 今世では!?


「私は前世は男で、慎司の同僚だったわ。慎司と訓練中に爆発事故に巻き込まれて、死んじゃったけどね。

 ……アンドレ。あなたのデリカシーのなさは、前世のままよ」


 (ちょっと待って……頭がくらくらします)


 私は額を押さえながらも考えた。二人の間には決して恋愛感情はなく、堅い友情で結ばれていただけだ。それを私が早とちりして、勝手に嫉妬して……


 安心したが、複雑でもあった。おまけに、慎司が爆発事故で死んだなんて話を聞き、気分が落ちそうになる。

 だが、気を取り直してマリアンネ殿下に聞いていた。


「どうして、殿下は分かったのですか?

 その……アンドレ様の前世が」


 すると、マリアンネ殿下はいたずらそうに笑って教えてくれたのだ。


「だって、昔からアンドレは眠ると泣いていたから。香織香織って」


 そうなのか。それを聞いて、胸が締め付けられるのも事実だ。私は苦し紛れにまた吐き出していた。


「あの……本当に私は自殺していません。

 間違って落ちただけです」

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