第41話 初めてのお茶会

 アンドレ様は、バリル国王陛下たちと国防会議中。その間、私は……なんと、『お茶会』というものに参加していた。貧乏男爵令嬢だった私は、もちろん宮廷で行われるお茶会なんて参加したことがない。そもそも、お茶会なんかより、のんびり一人でくつろいでいたほうが好きなのだ。だが、アンドレ将軍の妻となった今、私の感情で誘われたお茶会を断ることなど出来なかった。


 宮廷の小さな中庭に、おしゃれな白いテーブルが出され、煌びやかなドレスの令嬢たちがお茶を楽しんでいる。それを見ただけで、苦手だなぁなんて思ってしまう。

 私は貧乏だったし、ドレスだって質素なものだった。昔は地味で目立たなかったが、今や注目の存在になっているに違いない。『パトリック様と浮気した女』だとか、『冷酷なアンドレ将軍と結婚させられた妻』だとか。だが、どのように言われても、アンドレ様の妻として恥ずかしくない態度でいようとも思う。

 私は、アンドレ様と出会って少し変わったのかもしれない。アンドレ様が私を大切にしてくださるから、少しずつ自信を取り戻し始めているのかもしれない。




「ごきげんよう、リア様」


 夜会では遠目に見る煌びやかな女性たちが、にこやかに挨拶してくれる。しかも、リア様だなんて。


「ごきげんよう」


 こういう時に館で教わったマナーが役立つ。教わっておいて良かったと、心から思った。

 そして、私は誰からも嫌われ蔑まれていたと思っていたのだが……


「災難でしたね、リョヴァン公爵との件」


「リア様、本当にお可哀想」


 巷では、なんと私が被害者になっていたのだ。『私がリョヴァン公爵とテレーゼ様の仲を引き裂こうとした』はずだったのに……どういう風の吹き回しだろう。

 ぽかーんとする私に、令嬢たちは教えてくれる。


「リョヴァン公爵の女癖の悪さと、テレーゼ様の性格の悪さは有名ですわ」


「ええ。そもそも公爵が男爵家に本気の縁談を持ち込むなんて、あるはずがないですもの」


「リョヴァン公爵は初めから火遊びのつもりだったのでしょう。

 それでテレーゼ様がそこを利用して婚約したんじゃないですの?」


 (そ……そうなんですね。

 我が家はその罠に、まんまとはまってしまったんですね)


 愕然とする。だが、アンドレ様のためにも、私はしっかりしていないといけないと思い直す。


「リョヴァン公爵の件は驚きましたが、今は公爵の幸せを祈っています」


 かろうじて発した言葉に、令嬢たちはざわめいた。


「まあ、リア様は何と慈悲深いかたなのでしょう」


「かたや、リョヴァン公爵は、テレーゼ様に振り回されてお疲れのようですし」


 そう言って笑いが起こる。私が敵対視されていないのは嬉しいが、それはそれで複雑だった。


 (だって……パトリック様はテレーゼ様と離縁したいと、シャンドリー王国にまで来られたのですから)


 いずれにせよ、私にはアンドレ様しかいないのも事実。こんな場でもアンドレ様を思い出し、にやけそうになってしまうのだった。


「それで、リア様。アンドレ将軍とはどうですの? 」


「噂によると、アンドレ将軍はリョヴァン公爵に勝るとも劣らない、駄目な男だとか……」


 (アンドレ様、やはり誤解されていますね)


 そんなことないです!と言いそうになった時だった。




 急に会場が静かになり、


「……まあ」


令嬢たちがわざとらしく目を逸らす。そそくさと立ち上がって去ってしまう女性もいた。


 (何が起こったのでしょう)


 ぽかーんとしている私は、


「ねえ」


敵意に満ちた女性でようやく気付いた。


 いつの間にか私の前には、ピンクのフリフリの豪華なドレスを着た女性が立っていた。スパンコールが輝くそのドレスの主は、勝ち誇った顔で私を見ている。私はこの女性を知っている。この女性こそ、パトリック様を虜にし、私と婚約破棄させた女性、テレーゼ様だ。


「ごきげんよう、テレーゼ様」


 そう告げながらも、胸はバクバクと音を立てる。嫌な記憶が蘇り、一刻も早く逃げたい気分でいっぱいだ。

 テレーゼ様は、私を雑魚でも見るような目で見た。そして、高笑いしながら聞く。


「これはこれは、泥棒猫のリアさん。冷酷将軍のもとで元気にしていらして?

 私はパトリック様の愛を一身に受け、毎日有意義に過ごしていましてよ」


 (よく言いますね)


 心の中で呟くが、笑顔は崩さない。そしてそのまま、私は柔らかな反撃に出た。


「おかげさまで、アンドレ様とも楽しく過ごしております」


 テレーゼ様は一瞬驚いた顔をする。だが、次の瞬間また意地悪い顔に戻り、私にマウントを取り始めた。


「わたくしだって、パトリック様に毎日愛されて幸せですわ。

 豪華な料理に豪華なドレス。おまけにパトリック様ですもの」


 そのパトリック様が、テレーゼ様と離縁したいとシャンドリー王国まで来られたことを、彼女は知らないのだろう。

 私は努めて笑顔になり、それは良かったですと告げた。そして、この場を一刻も早く去りたいと思ってしまうのだった。



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