第14話 いざ、決戦の地へ

 毎日が慌ただしく過ぎていき、いつの間にかダンスパーティーの日になっていた。

 私はマリーとヴェラに、あれよあれよという間に支度された。髪を編み込まれ、上等なドレスを着た私は、自分でも信じられないほどに美しかった。そう、稀にいく社交の場で、いいなぁと思って眺めていた、上級貴族令嬢のようだった。

 まさか私がこんな素敵なドレスを着る日が来るなんて、思ってもいなかった。誰にも見向きされない貧乏令嬢ではなく、みんなから羨望の目で見られる、あの令嬢たちみたいに……


 鏡に映った自分に見惚れていると、


「リア様、馬車が到着いたしました」


執事長の声が聞こえる。だから私は慌てて玄関へ駆け寄ろうとしたが……この上等なドレスが重くて、転びそうになる。


 (こんなドレスで踊るなんて……)


 だが、アンドレ様のために頑張ってきたのだ。黙殺されるに決まっているが、アンドレ様の足を引っ張らないように精一杯頑張ろうと思った。


「ありがとうございます。頑張って、行って参ります!」


 笑顔で告げ、玄関の扉を開ける。そして、目の前にいる予想外の人物を見て、ひっくり返りそうになった。


 アンドレ様に嫌われている私は、宮廷にも当然一人で行くものだと思っていた。アンドレ様とはダンスだけ踊り、別行動だと思っていた。それなのに、玄関先にいて、私を待っていたのは……


「アンドレ様……」


だったのだ。

 しかもアンドレ様、今日は正装をしていてとても眩い。美男だけあって、大概の女性はイチコロだろう。


 だが、私が彼の名を呼ぶと、彼は相変わらず無表情にそっぽを向く。


 (ほら、安定のガン無視ですね。

 この性格でなかったら、おモテになって仕方なかったでしょう)


 気にしない気にしないと歩こうとするが……なんと、アンドレ様は白い手袋をはめたその手を差し出す。


 (……え!? )


 訳が分からずぽかーんとしていると、


「何をしている。はやく行くぞ」


いつもの冷たい声で言われ、慌てて手を握った。


 予想外のアンドレ様の対応に、執事長は文字通り目が点になっている。そして、後ろからはマリーとヴェラの声にならないような声が聞こえた。


 (やはり、この状況はおかしいですよね)


 でも、アンドレ様に歯向かう勇気もない。おまけに、男性に不慣れな私は、アンドレ様の手を握っただけでドキドキし、足がプルプルする。これからダンスを踊りに行くというのに、前途多難だ。



 そのままアンドレ様は広い庭園に入り、中央に停まっている馬車に歩み寄る。いつもはスタスタ歩いていってしまうアンドレ様なのに、私に合わせてくださっているのだろうか、その足取りは随分とゆっくりだ。そして手を握ったまま、馬車に乗り込む。


「将軍、リア様、行ってらっしゃいませ!」


 明るい声が聞こえ馬車の外を見ると、頬を染めて満面の笑みを浮かべているマリーとヴェラが見える。


 (二人とも、楽しんでいるわ。

 私はこんなにも必死なのに)


 だが、アンドレ様の手前取り乱すわけにはいかず、


「行ってきます」


マリーとヴェラを含む使用人たちに、笑顔で告げていた。




 ガラガラガラガラ……


 馬車は王都の大通りを、ゆっくりと走り抜けていく。人々が行き交う活気のある街を眺めつつも、ドキドキが止まらない。もちろんアンドレ様との間には愛はないのだが……


「あの……」


 遠慮がちに告げる。


「……手……」


 その瞬間、アンドレ様は頬を染め、ぱっと手を離した。


 (冷酷無情のアンドレ様が狼狽えることなんて、あるのですね……)


 私はまじまじとアンドレ様を見るが、彼は私の視線を逸らすようにずっと窓の外を眺めている。だが、その頬はまだほんのりと赤い。

 綺麗な銀色の髪に、紫を帯びた瞳。透けるような肌に、整った顔立ち……不覚にも、アンドレ様が美しくて見惚れてしまう。


 (将軍と言うよりは、むしろ王子様ですね)


 だが、アンドレ様に気安く話しかけてはいけないと思い、ぐっと言葉を飲み込んだ。


 馬車の中は気まずい沈黙が続いていた。ガラガラと車輪が回る音だけが響いている。だが、下手に話しかけたりなんてすれば、またアンドレ様の怒りを買ってしまうだろう。アンドレ様が怒られるよりは、この沈黙のほうがずっとマシだとも思えた。だから私は馬車の窓から王都の中心街を眺めていた。


 (わぁー、人がいっぱいいます。

 露天も並んでいるのですね。

 あの雑貨店、とても可愛いです!)

 

 さすが強国シャンドリー王国だけあり、バリル王国とは規模が違った。


 (忙しくしていて繁華街を歩いたことはありませんが、落ち着いたら街を散歩しようかしら)




 窓の外の景色に夢中になっていた私は、ふと視線を感じて横を見た。すると、アンドレ様と視線がぶつかる。私はビクッと飛び上がり、背筋を伸ばした。


 (いけない。街の様子に夢中になって、アンドレ様のことをすっかり忘れていました。

 アンドレ様はお怒りでしょうか……)


「今度、街の中を案内してやる」


 ……え!?


「貴女も、故郷を離れて見知らぬ土地に嫁ぎ、寂しい思いをしているだろう」


 私は、アンドレ様の顔をまじまじと見つめていた。予想外の言葉に、驚きを隠せなかった。アンドレ様は私に一切関わるつもりは無さそうだったのに、どうしてしまったのだろうか。

 だが、優しい言葉をかけられて、素直に嬉しかった。だから笑顔でお礼を言っていた。


「ありがとうございます!! 」


 するとアンドレ様は、無表情のまま私から視線を逸らし、私と同じように窓の外を眺めるのであった。


 

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