第8話 テレビ
風香が家の扉を開けると、そこにはテレビクルーが待機していた。
どうやら生放送での突撃訪問インタビューらしい。
「あ、出てこられましたね。あの、私たちテレビのものなんですけど、取材させてもらってよろしいでしょうか……?」
「あ、はい……大丈夫ですよ……」
風香は家の前まで出ていって取材に応じる。
少し怖いという気持ちもあったが、それ以上に好奇心のほうが勝っていた。
風香はテレビに出るというのに、まえから少なからず興味を抱いていた。
「あの、お顔映しても大丈夫ですか? 今一応モザイクをかけているんですけど」
「あ、いえ。大丈夫ですよ」
「そうですか、ありがとうございます」
テレビクルーはなにやら合図を送る。
画面上では、風香の顔にかけられたモザイクが消えていた。
「あの、失礼ですが、お名前をおききしてもいいですか?」
「はい。美園風香、32歳です」
「ありがとうございます。お若いですね」
「うふふ、そうでもありませんよ、これでも一児の母ですから」
「それで、今回お邪魔したのはですね」
「はい」
「例の動画、ダンジョンでの生活魔法で無双する動画ですね。そちらが今バズっていまして……。そのことは、ご本人はご存じなのでしょうか?」
「えーっと、実はさっきテレビでそのことを知ったばかりでして……」
風香は今も信じられない気分だった。
風香本人としては、ただ息子を助けたい一心でダンジョンに潜っただけのことだ。
そしてダンジョンでやったことも、ただ生活魔法で戦っただけのこと。
生活魔法はいつも家事で使っていたし、なんら特別なことをした意識はなかった。
ただ生活魔法を使ってみたら、こうしてテレビがやってきたということだ。
ちなみに、この時代のこの世界において、テレビや配信の文化は、2023年の日本よりも発展しているといっていい。
それにはダンジョンの出現が大きくかかわっていた。
だから、こんなふうに生放送で、突然テレビが一般人を突撃することも、めずらしくはなかった。
「そうなんですか……! それで、今のお気持ちはいかがですか?」
「そうですね……。恥ずかしいというか、うれしいというか……正直困惑しています」
「そうですか。それで、テレビの前のみなさんが一番知りたいのは、美園さんがいったいなにものかということだと思います。ずばり、美園さんはいったいなにものなのでしょうか……!?」
風香はインタビュアーにマイクを向けられる。
インタビュアーはキラキラと、期待にむねを膨らませた目つきでこちらを見ている。
額に冷や汗を浮かべながら、風香は答えた。
「何者っていわれても……私はただの、そのへんにいる専業主婦です」
「そうなんですか……!? あの、有名な冒険者ということはないですか? 昔少しダンジョンに潜っていたとか……? なにか有名なクランに所属していたり……?」
「いえ、ないですないです。私、ダンジョンに潜ったのもあれがはじめてで……」
「そうなんですか……!? はじめてのダンジョンで、深層までいくなんて、信じられない話ですね。しかも、生活魔法で攻略するだなんて……」
「いえ、生活魔法は普段から家事で使っていますから……」
「それにしても、あれはとんでもないですよ……! きっと美園さんにはダンジョンの神がついているんでしょうね」
それから、インタビュアーはダンジョンと関係のないことも、いろいろときいてきた。
「息子さんは今どちらに?」
「学校です」
「旦那さんは……?」
「夫は、そうですね……。あまり家に帰ってこないもので。どこでなにをしているのかも、よくわかりません。きちんと生活費は振り込まれているので、無事ではいると思います……」
「そうですか。素敵なご家庭ですね……」
「まあ、なんとか母と息子、二人でやっていますよ」
それから、インタビュアーが注目したのは、風香の生活魔法についてだった。
「さきほど、生活魔法で家事をこなされているといってましたが」
「はい」
「もしよければ、家事のようすを取材させてもらうことってできますか?」
「家事ですか? それでよければ、全然大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
テレビカメラが風香の許可を得て、家に入る。
「大きなおうちですねぇ……」
「ええまあ、主人はそれなりに稼ぎがあるみたいで……」
「資産家かなにかでしょうか?」
「まあ、そのようなものです」
「それでは、さっそく家事をやってもらいましょう」
「そうですね。洗濯はもう終わっているので、掃除をしましょうか」
すると風香は風魔法を唱えた。
「おお……! これが生活魔法……!」
「えい……!」
風香が風魔法を唱えると、部屋中のゴミが舞い上がり、一か所に集められる。
「……とまあ、こんなふうに生活魔法を活用しています」
「す、すごいですね……。これほどまでの器用なコントロール。初めてみました。これは貴重映像がとれたんではないでしょうか……! それでは、スタジオにお戻しします……!」
テレビは取材を終えると、風香にいくらかの謝礼金を支払って、去っていった。
そしてのちに、この放送は大反響を巻き起こすことになる――。
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